第55話 無限の愛
「ふう……ようやくこの姿に戻れますわ」
清姫は海岸に着いたところで元の美女の姿に戻った。三成と、秀久が雇った水夫たち背中にを乗せると、船頭の案内でこの島までやってきた。
切支丹の島。秀久が案内するはずだった、十二天将・天后の住む島だ。
「ありがとうございやす、姐さん」
「いいのよ。その代わりあの方をこれからもよろしくね」
「あの鐘はどうしましょう?」
殆どの海賊たちは、自分自身を救い出すのに精一杯で荷物はほとんど持っていない。が、秀久が熊野で掘り起こした鐘だけは別だった。清姫が宿る
「そうねえ。この島の大きさならどこにいても繋がりが途絶えることは無さそうだし、あの岩陰にでも隠してくれる?」
「へい」
海賊は二人がかりで、鐘を吊る丸太を持ち上げた。そのまま清姫が指した方向へ運んでいく。
「さてと、では天后に会いにいくとしよう」
「さてと、早く権サマを助けに参りましょう!」
三成と清姫は同時に言った。直後にお互いを睨みつける。
「ちょっとアナタ正気? 捕えられた権サマを救出するのが先でしょう?」
「我々の任務は天后の確保だ! 太閤殿下の命令は何よりも優先される」
「馬鹿じゃない!? あなたの式神も一緒なのよ?」
「この程度で死ぬようなら奴もそこまでだ。それに仙石殿も、生き延びる事が取り柄のような男。問題はなかろう」
平行線だ。二人とも譲るつもりがない。
「あ、あの〜」
おずおずと手を上げながら二人の間に入る水夫。
「石田様、この島の長をお探しなんですよね?」
「無論。そのために来たのだ」
「そいつがいる場所、仙石の旦那しか知りませんぜ?」
「はあ?」
変な声が出た。
「ちょっと待て、島の長たる天后は集落にいるのだろう?」
「それがこの島は事情が違うんでさ。集落には伴天連が建てた天守堂があって、月に一度のミサの時だけ、その女は山からそこに下りて来るんですよ」
三成は島の中央方面を見た。島の大きさの割に高い山が連なっている。この何処かにいるのを探し出せと?
「仙石の旦那は、島に協力者がいるらしいことを言ってました。でも、それが誰かは旦那しか知りませんぜ……?」
「…………」
三成は苦虫を噛み潰したような顔で腕を組む。その隣では、清姫が勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
* * *
「本当にこっちなんだろうな?」
三成はヤブをかき分けながら清姫に聞く。
「私が間違うはずないわ。向こうの山から権サマの気が漂ってくる……!」
水夫たちとは海岸で別れ、先に集落に向かわせた。船が沈んで漂着した水夫を見れば、保護はしてくれるだろう。
『一応これを持っていけよ』
船頭に事前に入手していたロザリオを渡した。海で死んだ主人が切支丹だったとでも言えば、最悪殺されはすまい。
むしろ大人数でぞろぞろと、島中を歩き回る方が島民の心象を損ねかねない。
「しかし、お前の仙石殿好きは筋金入りなんだな……昔の男はもういいのか?」
清姫は迷うことなく草木を切り開いて進む。
紀州熊野の伝説だ。清姫はかつて安珍という僧に、怨念にも似た凄絶な慕情を抱いた末に、彼を焼き殺していた。
「何のこと? 安珍のような最低男に何百年も未練を持つなら、新しい殿方に寄り添うべきじゃなくて? 権サマは私の話を黙って聞いて、涙まで流してくれたの。そして、鱗に覆われた大蛇の姿も受け入れてくれた。彼のためだったら私は何でもする」
若干、早口気味になりながら清姫は語った。
「受け入れてくれた……か。仙石殿の愛がお前以外にも向いていたとしても?」
秀久には改易中にも甲斐甲斐しく寄り添っていた奥方がいる。夫婦関係は今も良好だという話だ。
「アナタ……想像を絶するほどの野暮ね? モテないでしょ?」
「なっ、私にだって妻くらいはいる!」
仕事ばかりで、長い間まともに会話もできていないが……。
「はぁ……ま、小さい男には理解できないでしょうね? 愛とは私にとっては行為なの。相手の気持ちがどこに向かおうと、私の行為を受け入れてくれる限り、私は無限に愛することができる。安珍はそれが出来ない男だったから、焼き殺してしまったけどね……クスッ」
言葉の最後は、ぞっとするような冷たい笑いだった。今の男と昔の男でここまで表情が変わるものか。
「ねえ? アンタとあの夜叉は本当に何もないの?」
「ふざけるな、私と左近はあくまで契約上の主従。男女の仲など考えるだにおぞましい」
「うわ……全く同じこと言ってる」
何故か清姫は、三成の言葉に引いていた。
「アンタたち相性は最高だと思うけど、そういう仲でないのなら、急がなきゃ」
「急ぐ?」
「愛を知らない哀れな女妖が、権サマと共にいるのは危険と言うことよ。私の愛は無限だし、権サマの行いも全て受け入れますわ。でも……私と奥方様以外の女が権サマに色目を使うなら……殺すしかないの!」
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