第53話 清姫の逆襲
「いやあああっ! 権サマぁっ!?」
清姫は、敵の大蛇に取り付いた秀久が、振り落とされそうになっているのを見た。ああ権サマ! 愛しの権サマ! 今お助けに参りますわ!
清姫は全身に力を込め、網を破ろうともがく。が、びくともしない。ただの魚網ではない。どうやら何か呪いを施されたものが、編み込まれているようだ。それが清姫の霊力を無効化し、身体を
くやしい……愛する者が窮地に立たされているのに、何一つできないの? こんな網如きにこの私が屈服しなければならないの?
「まったく……勇み足で飛び出ておきながら無様じゃのう」
頭の上で声がした。アイツだ。権サマに付き従っていた優男のつがいだ。清姫の頭に登り、瞳を覗き込んできた。
「う……うるさいですわね! 私だって不本意ですわよ。まさかこんな準備をされていたなんて……」
この網は明らかに清姫を狙っての仕込みだ。これまでも海賊衆の投網による妨害を受けたことはあった。何も術を施されてない網なら、簡単に焼き切って破ってしまえばいいのだ。
「まあ、何を申しても言い訳にしかならんがな」
優男のつがいは、ニヤニヤと笑いながら清姫の言葉を聞いている。嫌な奴だ!
「そんなこと言ってますが、あなたの良い方も窮地なのではなくて? こんな所で油を売ってる場合?」
「勘違いするでない!」
「
つがいは太刀で清姫の眉間を突き刺した。
「何するんですの!?」
「わらわと主・三成は契約上の主従であり、それ以上の繋がりなどないわ! まして男女の仲など、考えるだにおぞましい!!」
心底嫌そうな顔だった。ああ……そうか
「かわいそうに……」
「あぁ!?」
「あなたはまだ真実の愛を知らないのね。けど大丈夫よ。アナタ、私ほどじゃないしにしても見かけは悪くないし好いてくれる殿方はきっと……」
「ああー!!今はマジでそういうのいいから!」
真実の愛を知らない哀れな女妖は、清姫の瞳に思い切り顔を近づけてきた。
「お前、あの大蛇に勝てるか?」
「愚問ですわね。これでも私、蛇の怪の中では最強格を自負してますの。あんな呪術で、見てくれだけ大きくなったクチナワ如きに、負けるはずがありませんわ」
「よし、なら良い。わらわもあのデカブツを操る太陰に専念したい。デカブツはお前に任せる」
哀れな女妖は太刀を振り回し、清姫に絡みつく網を斬り刻んでいった。
* * *
「ぶはあっ!」
三成は海面に顔を突き出した。さっきまで乗っていた船は、タツクチナワの一撃で転覆していた。水夫たちは放り出されて浮かんでいる荷物や板片に捕まって難を逃れている。
仙石はどうした……? 三成は海面に屹立する、タツクチナワの鎌首を見た。いた。秀久は、まだ突き刺した刀にしがみついている。まったく、しぶとい奴だ。
まずは足場を確保せねば。立ち泳ぎで手足を動かしていては、軍配を扱うこともできない。
三成は転覆した関船に向かう。死んだ魚のように、腹を見せて浮いている。船内の空気が浮きの代わりになっているのか、沈むまでは時間がありそうだ。あそこに立って態勢を立てなお……
「うっ!?」
何かが三成の頭を目掛けて飛んできた。寸前に霊気を感じ取った三成は、頭を海中に沈めてやり過ごす。なんだ今のは? 同じ場所で顔を出すのはまずい。海中で足を動かし、少し離れた所へ移動する。
目と鼻だけを水面から出すように顔を上げると、空中を鋭く尖った金属の棒な飛び回っていた。あの天将の……太陰のかんざしだ。
「あ、みっけ!」
大蛇の頭の上に立つ太陰が、三成の方を指差して叫ぶ。それに呼応するようにかんざしが急降下し、三成の脳天を狙ってきた。
「くそっ!!」
三成は再び頭を沈める。しかし息を吸い損なった。泳いでその場を離れるほど肺がもたず、同じ所で顔を上げる。かんざしが、すかさず襲いかかってくる。
だめだこのままではジリ貧だ。肺が潰れるか、かんざしに頭を貫かれるか、二者択一を迫られている。考えてる間にも息が続かず、覚悟を決めて顔を上げた。
「権サマアアアぁぁっっ!!」
その時強大な【火】の気が真横から迫ってきた。熱い。空気が加熱される。強大な炎の塊が三成の頭上を通り過ぎる。かんざしはその熱に飲み込まれ、一瞬で溶けて消えた。
「なっ何!?」
突如現れた炎に、太陰はたじろいだ。炎の塊の中から何かが飛び出してくる。巨大な蛇だ。
「今お助けしますわ権サマ!!」
清姫が戻ってきた。左近が上手くやったようだ。清姫は牙をむいて、タツクチナワの喉元に噛み付いた。そのまま太く長い身体を敵に巻きつける。2匹の大蛇は複雑に絡み合う。
清姫はその牙から炎を吹き出し、タツクチナワの体内に注入していった。
「あの女、二つ持ちか……」
【水】を拠り所とする蛇の怪でありながら、【炎】の術を使う。二つ以上の属性を備える神は稀な存在だった。
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