第52話 大蛇の猛襲

「おい主殿、権兵衛殿」


 左近はタツクチナワに対峙しながら、三成と秀久に尋ねる。


「このデカブツをわらわ一人でさばくのは、いささか面倒じゃ。あの蛇女を呼び戻せるか?」


 右舷側の海賊船を見る。清姫は網に動きを封じられたままだ。どうやら霊的な力で清姫を封じているらしい。


「あの網さえ切ってやれば」

「だが、あそこまで泳いでいくわけにもいくまい」


 海賊船までは3町 (327m) 以上はあるように見える。


「ならわらわが飛んで助けに行こう。その間、こっちの蛇をなんとかしてくれ」

「まあ……どちらかやれというのであれば」

「まだマシか」


 秀久は刀を抜き、三成は軍配を構えた。


「くるぞっ!!」


 タツクチナワの頭が牙を剥いて突っ込んできた。


「いっけーー!!」


 その上に立つ少女が無邪気な歓声をあげる。十二天将の一人。三成は意識を集中させる。五行を駆使してこの大蛇の攻撃を防ぎ切らねばならない。

 蛇の物の怪は基本的に【水】を拠り所とする。【水】につのは【土】だが、海上では攻撃に使えるだけの【土】の気を集めるのは難しい。

 

「ならばこうだ」


 三成は床に向かって軍配を扇いだ。次々と床板が剥がれ、それが三成たちの前に集まって盾を形成する。


 ガンッと激しい音を立てて、タツクチナワの頭が即席の縦に衝突した。即席とはいえ、風に混ざる【木】の気で補強した盾である。下手な城門より堅牢だ。

 加えて【木】の力は【水】によって増幅される。親たる【水】への攻撃は届かなくとも、防御に関しては申し分ない。


「今だ左近、行けいっ!!」

「おうよ!」


 左近は身体に風を纏って右舷の手すりを飛び越えた。海面スレスレを滑空する海鳥のように、まっしぐらに海賊船へ向かっていく。


「あー、そういうこと? タツクチナワ! 青龍から先にやっちゃおう!!」


 太陰の指示で、大蛇の標的が変わる。その頭が、船を乗り越えて、海面を奔る青龍を追いにかかる。


「仙石殿!!」

「わぁってる!!」


 さすがこういう時の勘は鋭い。既に帆柱によじ登っていた秀久は、そのてっぺんから刀を突きつけるように大蛇に向かって飛びかかった。


 シャアアッ!!


 秀久の刀は大蛇の体表に刺さり、そのまま取り付くことに成功した。これで奴の身体をよじ登って頭を斬り落とすことさえ出来れば……


「うざいなぁ」


 太陰が合図する。タツクチナワは身体を大きく左右に振って、秀久を払い落とそうとする。


「おわっおわあっ!!」


 秀久の身体が振り子のように、ぶらぶらと揺すられる。必死で刀の柄を握って堪えているが、もしその手が離れれば海上に叩きつけられてしまう。


「仙石殿!」


 三成は軍配を翻した。船板で形成した盾の一部を砕き、それをつぶてとして発射する。【水】相手に通じる攻撃ではないが、注意を逸らすくらいなら……。

 が、それはタツクチナワの身体にぶつかる前に何かに阻まれた。薄い金属の板。それにぶつかった礫は次々と砕け散っていく。


「蛇の怪相手だからって【水】の力しか使えないと思ってんの?十二天将相手に舐めすぎでしょ?」


 全ての礫を潰した金属の板はひらりと舞い上がり、棒状に姿を戻すと太陰の髪に刺さった。なるほど。確か十二天将・太陰は【金】の化身とされていた。あのかんざしの姿を自在に変えて攻撃に使うのか。


「あーいいや。青龍先にと思ったけど、この船さっさと沈めちゃえば同じことだね!」


 タツクチナワの尻尾が持ち上がる。巨大な鞭と化した尻尾が、船を叩き割らんばかりの強さで叩きつけられる。その衝撃で、三成や水夫たちの身体が空中に投げ出された。


「うわあっ!!」


 三成の視界が高速で回転する。次の瞬間、身体が冷たい水に包まれた。

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