第51話 タツクチナワ

 清姫は敵船に絡みつくと、その長大な身体をよじらせて船体を締め付けた。ミシミシという音が、遠くにいる三成たちにも聞こえてくるようだった。海賊たちは何か応戦するそぶりも見せず、慌ただしく右往左往している。砲門に据え付けられた大筒も船を傾けられて放つどころではなさそうだ。


「さてと… あっちは清姫に任せてだな……」


 秀久は反対側、左舷へ向き直った。三成は秀久の思考を察する。あの海賊船は明らかにこの船を狙っていた。大筒を持ち出すような連中が、たった一隻で軍船に挑むとは考えにくい。

 すべての戦の基本形は「いかにして囲むか?」だ。野戦でも城攻めでも、そして海戦でも、そこに変わりはない。


「何かいるか、仙石殿?」

「いや、見あたらねえな」


 左舷側の海に船影は見当たらなかった。長年前線に立ち、物見の勘と眼を持つ秀久も同じようだ。となれば、霊的な仕掛けの可能性がある。


「左近、なにか感じるか?」

「うーむ、さっきからかすかに感じるのだ。あの蛇神以外に気色悪い霊気においが漂っておる。しかしそれがどこだか……」


 左近は鼻をひくつかせながら海面全体を見渡していた。


「いや……」


 左近の首の動きが止まる。そういう事か……とつぶやきながら視線を床に落とした。


「下じゃ。下から来おるぞ!」

「下!?」


 三成は原則から身を乗り出し、水面を見た。……いる! 確かに細長く黒い影が船の下に見えた。


「清姫もどれ! そっちはもう良い!!」


 あらん限りの大声で秀久が叫ぶ。それとほぼ同時に水面から巨大な柱が飛び出した。鱗に覆われた柱。違う。これは、大蛇の身体だ。その先端には真っ赤な舌を覗かせる口。そしてその少し上には犬や狐を思わせる三角形の耳がついていた。


 シャアアッッ!


 左舷側で清姫が化身した蛇が咆哮する。見るとその身体に網がかけられていた。


「清姫!!」


 海賊は混乱していたわけではなかった。あの網を展開すべく動き回っていたのが右往左往に見えたのだと、遅まきながら気付く。

 そういう事か。あの船は清姫を話すための囮。つまりこいつらはこの船に仙石秀久が乗っていることを知っており、さらには秀久が蛇神を使役していることを知っている!


「主殿、しゃがめ!!」


 左近が三成の肩を突き飛ばす。仰向けに倒れた次の刹那、耳の大蛇の身体が水平に動き、看板上にあるものを次々と薙ぎ倒していった。


「聞いたことあるぞ。その耳、タツクチナワとか言ったか……?」

「タツクチナワ? 間者働きしてるときに聞いたことあるな。こんなデカい物の怪とは知らんかったが」


 秀久は言う。軍を率いて九州に上陸する前、この男は自ら間者としてこの地に潜入していたらしい。


「いや、権兵衛殿。それには恐らくからくりがある!」


 左近は雷剣を発動させると、雷鳴の如き神速で大蛇の鎌首を切りつけた。その切っ先が一文字に走り、大蛇の喉元に赤い花が咲いた。


「わかっておるぞ。出てこい太陰たいいん!」

「あちゃー、バレちゃった?」


 真っ二つに裂けた立つ蛇の喉元がもぞもぞと動く。その傷口から何かが出てきた。腕。子供のようなか細い腕が2本。それが上下の傷口を掴み、広げる。


「久しぶりだね、青龍?」


 裂け目から彼女は姿を表した。あどけない少女の姿をしている。が彼女が姿を表すと同時に、尋常じゃない圧力の霊気の壁が、三成秀久をを圧迫した。


「アレは……十二天将か?」

「いかにも。十二天将随一の知恵者、太陰。式神でありながら鬼や物の怪を操ることに長けており、強化や巨大化はお手のもののクソババアよ」

「ひどーい。こんな可憐な女の子つかまえて、ババア呼ばわりはないんじゃない?」


 傷口から這い出した太陰は、ぴょんと跳ねるように跳んで、立つ蛇の頭の上に立った。


「えーっと。そこにいるのが、石田三成サン……でいいのかなぁ?」


 少女の姿をした天将は、舌足らずな喋り方で尋ねてきた。


「敵に名乗るほど間抜けではないが、どうせ割れておるのだろう? いかにも、私が石田治部少輔である」

「そっか……アタシの主人が君と戦いたがってるんだけどさ。殺せるうちに殺しちゃいたいから、覚悟してねー」


 

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