第12話 島左近

 遅かった!! 城下町からほど近い水田地帯。土手の下の河原では、すでに斬り合いが始まっていた。いや、始まったどころじゃない。十人近い侍が切り伏せられている。今戦っているのは、左近ともう一人。


「やりよるのう! 田舎侍がっ!!」


 左近は凄まじい手数で斬撃を繰り出している。貴様だって、東国の田舎の妖怪だろうに……心の中で、三成は突っ込む。しっかり結いてあった左近の髪は解け、龍のたてがみのように広がっている。黒かった髪色も、銀髪に戻りかかっている。あの馬鹿が……興奮して変化の術が解けているではないか。このままだと隠していた角も伸びてくるぞ。


 宇都宮に向かう直前、上野国で拾った夜叉。彼女こそが、三成が新たに家臣に迎えた猛将・しま左近さこんの正体だ。東風比女コチヒメという本来の名を預かり、近年非業の死を遂げた大和国の武人の名を与えた。

 式神らしく、裏の世界で便利使いをしようとも考えた。だが、人知を超えた力を秘めるものが自分の軍配術によって動くのであれば、あるいは合戦で役立つかも知れないと思い直し、将として遇することに決めたのだった。

 デキる奉行だって、合戦に勝ちたい気持ちがないわけではないのだ。もっともその合戦をなくすことが、これから先の奉行の仕事なのだが……


 ともあれこうして三成の腹心、島左近は誕生した。が、この暴れ神は全く言うことを聞かないかった。拾ってからまだひと月も経っていないのに、すでに二度も騒動を起こして、三成が尻拭いをする羽目になっている。


 そして極めつけが、この決闘騒ぎだ。しかも相手は、今最も事を荒立てたくない相手、伊達家の家来ときた。気まぐれで拾った物の怪だが、これ以上は面倒見きれない。


「しかたない……殺してしまおう」


 三成は手にしていた黄金の軍配を構えた。


「オラァっ!?」

「なっ!?」


 ほう……。その時、左近の目にも留まらぬ速度で繰り出される連撃を、防ぐのみだった伊達の侍が反撃に転じた。上手い。遠目に見ていたからよく分かった。左近の連撃を一手一手、確実に防ぎながらも、この侍は機会を伺っていたのだ。


「したたかじゃのう。貴様、今のを待っておったか!?」


 左近は素早い。同じ場所に立ちながら二撃以上加えることは、絶対にしなかった。斬りるけるたびに飛び跳ねるようにして、立ち位置を変えて次の斬撃を繰り出している。あの侍にしてみれば、四方八方全方向から刃が飛んでくるようなものだ。そんな中で、彼は待ち続けていた。左近に隙ができる瞬間を。

 田川の河原には、大小無数の丸石が転がっている。左近は、自分の足を支える場所をしっかりと見極めていたが、それでも平らな土の地面とは勝手が違う。ほんの一瞬。着地した場所の石が転がり、左近がほんの僅かに体制を崩したその瞬間を、侍は見逃さずに反撃に利用した。


「その髪、あんた物の怪の類だね? こちらも本気を出さないと、すぐにも殺されそうだからね。暴れさせてもらうよ」


 侍はほつれた髪をかきあげ、着物の片袖を脱いだ。平均的な身長の男だが、あらわになった右腕と胸の骨格と筋肉は発達している。屈強な武人の肉体だった。


 いや……それよりもちょっと待て……!?


「あの右目……」


 髪にかくれて遠目にはわからなかったが、眼帯をつけている。まさか……


「オレの右目は、ちょっと人と違っていてね」


 男は、三成がたった今着目した眼帯を掴むと、引き剥がすように外した。


「人に見えるものが見えなくて、人に見えないものがしっかりと見えるんだ」


 眼帯に隠されていた目。真っ白い眼が大きく見開かれている。あの男が『奴』ならば、幼少期にかかった疱瘡ほうそうで失明したと聞いていたが……。


「ただの人間ではないようだな。いいぞ、楽しくなってきたわ」

「物の怪を斬るのは久しぶりだな。伊達左京大夫、ここから先は手加減で参ろう!!」

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