第2章 奥州の荒神

第11話 佐竹と相馬

「伊達殿を警戒されよ」


 三成は、二人の客人に本題を切り出した。


 天正18年 夏。下野国(現・栃木県)宇都宮。三成は、城下の某寺にある茶室を使い、一席設けていた。茶会に招待したのは、佐竹さたけ義宣よしのぶ相馬そうま義胤よしたね。奥州の狂犬・伊達だて政宗まさむねと、長年抗争を繰り広げてきた二人の大名だ。


「これは異な事を。確かに我々は伊達とは敵対関係にありましたが……」

「左様。関白殿下の号令のもとに、戦乱の時代は終わるのではないですか?」


 小田原の役の直後、関白秀吉は宇都宮に入城した。未だ諸大名が小競り合いを続ける陸奥・出羽両国(現・東北地方)の仕置を行うためである。北條家を滅ぼした秀吉は、日の本のほぼ全てを手中に収めたことにあんる。そしてこの仕置で奥羽を支配下に置けば、百年以上の長きに渡って続いた戦乱の世が、ついに集結する。


「たしかに表向きは。ですが、あなた方二人もこのままで済むとは思ってないでしょう?」

「それは……」


 奥羽の全大名が、おとなしく秀吉の仕置きを受け入れるとは思えない。そのため、秀吉は宇都宮で大まかな方針を決定した後、軍を率いて会津に入る手はずとなっている。関白の決定に不服がある者がいたら、北条を滅ぼした軍勢が相手をする、というわけだ。


 すでに関東・奥羽の主だった大名たちは宇都宮に出頭しており、関白からの沙汰を待っている。佐竹や相馬は小田原攻めに参加していて、そのまま秀吉とともに宇都宮に入った。伊達政宗もすでに宇都宮に到着している。


「構いません。ここは私的な茶会。ここでのお言葉は、私の胸にとどめておきます」

「そこまでおっしゃられるのなら……」


 相馬が口を開いた。


「伊達は太平の世を生きられない性質の男です。機会があれば必ず動き、天下を引っ掻き回すでしょう」

「うむ。小田原での会見では、関白殿下は政宗を気に入られたようだが、心を許していい相手ではござらん」


 ふたりとも、思った通りの反応だ。伊達政宗こそが関東・奥州諸侯の中で、もっとも危険な人物がであることを、三成はいち早く見抜いていた。そのため、伊達と領地が接しており、敵対関係にある佐竹・相馬を奥州平定の要と考えた。

 三成は、小田原征伐が始まる前から、取次役として両家との交渉を繰り返し、親交を深めていった。


 忍城の失態などものの数ではない。私の戦場はやはり、文机の上なのだ。佐竹義宣は天下の六大将にも数えられる大大名であり、相馬義胤は正義を重んじる実直な武人だ。この両将が睨みを効かせていれば、伊達はうかつな動きを取れない。もし動いたとしても、即座に対応することが出来る。これこそが私の戦だ。デキる奉行は筆で戦う。


「お帰りなさいませ、殿……」


 茶席を終え、宿舎に戻ると家臣が浮かない顔で出迎えた。


「どうした? 何かあったのか?」

「それが……島殿が、他家の者と喧嘩騒ぎを起こしまして……」


 三成は頭を抱えた。またか……。家臣として迎え入れたしま左近さこんが問題を起こすのは、これで三度目だ。


「酒場での争いが決闘に発展して、田川に向かったようです」


 田川は宇都宮城下を流れる川だ。あんな所で騒動を起こしたら、城下に滞在している諸侯ばかりか、関白殿下の耳にも入る。天下の安寧を目指す奉行の家臣が、刃傷沙汰とは笑えない。


「なぜ止めなかった!?」

「止められるわけ無いでしょう! あんなお方を!!」


 家臣は泣き出しそうな顔で言った。


「くっ……。それで、相手はどこの家中の者かわかるか?」

「伊達家でございます」

「最悪だ」


 三成は思わず天を仰いだ。

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