第10話 契約
「惜しんではならないのは命ではない。才能だ」
あの日、秀吉にかけられた言葉を、夜叉に言い放つ。
「何?」
「貴様、名前は? 貴様の名前をよこせ!」
「馬鹿な……突然何をぬかすか!?」
名前を奪う。それは陰陽師が、物の怪を使役する時に最初に行うことだ。本名を知り、仮初めの名前を与えることで、式神の契約は結ばれる。
「わらわを負かすだけでは飽き足らず、式神として使うというのか? どれほど屈辱を与えれば気が済む!?」
「もし貴様が、本当に力のある神だというのなら、その力を取り戻してみせろ。そして余すこと無く天下のために使え。死ぬのはその後だ!」
「力を……取り戻す?」
「私も関白殿下もまだまだ戦わねばならぬ相手が多い。人外のクズであろうと、使えるものは何でも使う。豊臣の世が盤石になった暁には、京に貴様を祀る
「……本気で言っておるのか?」
「もちろん、我が意に応えたらの話だがな。私に逆らった場合、私の期待通りの働きができなかった場合は、即座に殺す」
夜叉はじっと、三成の目を見つめ返してきた。何かを推し量ろうとする目つきだった。三成の言葉の真意を読もうと試みるているのか?
「そういう契約だ。ここで負け犬として死ぬことを考えれば、悪くないだろう?」
そう付け加えた。夜叉はしばらく黙ったまま、三成の目を見ていたが
「…………
やがて、つぶやくように言った。
「もう何百年も、誰かに名乗ったこともない名前じゃ。少しの間だけ貴様に貸してやる。その代わり社の件、忘れるでないぞ?」
「ああ、良いだろう」
天正18年 上野国
豊臣家の奉行・石田三成は、小田原征伐の折にこの地に住みつく物の怪・
三成に助けを求めた寺は、この事件を機に『退魔寺』と名を改め、石田家の家紋を寺紋に定めたという。
忍城の戦で武名を損なった三成であったが、この地では民のために物の怪を退治した英雄として、その徳が語り継がれている。
第一章 退魔の寺 -完-
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