第9話 正しく生きる
「負け犬……じゃと?」
「未練を絶てただと? 600年もこんな片田舎でうじうじしながら、一度の負けごときでスッキリ出来るものなのか?」
「な……」
「わからぬな。負け犬の思考というやつは。その程度であきらめが付くなら、とっとと自害すべきだったのでは?」
「貴様……この期に及んでわらわを愚弄するか……?」
「愚弄? 単純な疑問だ。無為に生きながらえるのも、ここで死を望むのも理にかなわん。矛盾している。数百年も生きておきながら、そのような一貫性のない行動。だから負け犬に成り下がるのだ」
「き、貴様になぞ、わかってたまるか……!」
「だから、わからんと言っている」
三成は、涙を流す夜叉を見下ろしながら、全く別の光景を眺めていた。あれは、十数年前のことだ。
* * *
『正しく生きるとはどういう事かわかるか、佐吉?』
仕官したばかりの頃。佐吉という幼名を名乗っていた三成は、主である羽柴秀吉にそう尋ねられた。
『正しく……でございますか? それは、武道を重んじ、家と民のために命を惜しむな、ということでしょうか?』
三成は、近江の地侍の三男だ。物心ついたときから、家名と所領を守る事こそが正しい道と教わってきた。が、秀吉はその言葉を笑い飛ばした。
『はははっ! 違うな佐吉。惜しんではならないのは命ではない。才能だ。己の才を理解し、出し尽くす。これこそが正しい生き方だ!』
『才能、ですか?』
『ああ。逆に言えば、才能を出し切るまでは、人は死ぬ価値もないということだ』
『しかし……それでは』
武家の教えとは違う。どのような手を使ってでも、石田の家を存続させることこそ、肝要。そう教わってきた。
『才能を余すこと無く発揮すれば、家も民も後から付いてくる。俺を見てみい。百姓の倅が今では北近江三郡の主だ!!』
秀吉は、佐吉の言葉を先回りするかのように応えると、佐吉の点てた茶をぐびりと飲み干した。
『舌や喉の加減を考えた、美味い茶を点てる。これもまた才能だ』
三献の茶。三成は秀吉に茶を命じられると、いつも三杯出すことにしていた。一杯目は大きめの茶碗でぬるめに。それで喉の乾きを潤したら、二杯目はやや小さい茶碗に少し熱いものを。それで舌が慣れたら、最後に小さい碗に熱い茶を点てる。
『人の喜ぶことを考えられる者は、人が嫌がることも得意だ。お前には、人の心を読む才がある』
『さ、左様でございますか?』
『軍配師向きかもしれんなぁ……』
竹中半兵衛に教えを受けるよう命じられたのは、この少し後であった。
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