第13話 常世の瞳

 あの野郎、自ら名乗りやがった。伊達左京大夫……すなわち伊達政宗その人だ。なぜ72万石の大名本人が、酒場で揉め事を起こしたのかはわからない。だが、替え玉がここでわざわざ名乗る理由も無いし、今左近と対峙しているのは政宗本人と見て良さそうだ。


「ほざけ。ならば一段階、上げるぞ!!」


 先に仕掛けたのは左近だ。切っ先を前に突きつけながら跳躍した。空中で突きを繰り出す。左近の身体が着地するまでに、無数の刺突が豪雨のように政宗を襲う。


「はっ! やっ! ふんっ! ほっ!」


 政宗は。一撃一撃をいなしながら後退する。政宗が立っていた場所に、左近の身体が落ちる。着地の瞬間は隙が生じやすい。が、左近はその隙をかき消すような勢いで、銀髪を振り乱し、左からの横薙ぎの一閃を加えた。ガキィンッ…と、刃と刃がぶつかる音がする。赤い火花が飛び散る。


「次は逆胴……」


 政宗がつぶやくように言うのと、左近が身体をぐるんと一回転させて、反対側の胴を薙いだのはほぼ同時だった。左近の太刀筋を読んでいる? 二撃目も政宗の刃に阻まれ、胴を断つことは出来なかった。


「次はこっちの番だな!!」


 政宗の逆襲が始まった。強靭な体躯から繰り出される斬撃。左近のような疾さはないが、一斬一撃が重い。政宗の全膂力りょりょくを用いているかのような渾身の振りが左近を圧倒する。


「ちぃっ!?」


 それをギリギリで交わす左近。しかし、流れるように次の斬撃が繰り出される。この重さの斬撃を放てば、次の動作までの間に隙が生じそうなものだが、政宗にはそれがなかった。むしろ左近の方が、回避後に体勢を立て直しきれず、追い詰められているようにも見える。これはまるで……


「まるで、先の動きを見ているようじゃ!!」


 これ以上、近接戦を続けるのは危険と判断したのか、左近は後ろに跳躍し、一気に政宗との距離を作った。


「そのおかし目玉のおかげか?」

「いかにも。『常世とこよの瞳』と申してな、視力は殆ど失われているが、気脈の流れを読むことが出来る」


 政宗は右目の瞼を触りながら言った。気脈の流れを読むだと? それがやつの動きの正体か……。

 この世を形作る天・地・人にはそれぞれ気の流れが存在する。長年と修練と、代々受け継がれてきた技術をもって、その流れを読み、干渉するのが陰陽術だ。そこから派生した軍配術も基本的にやることは変わらない。

 もしあの瞳が、天地人の脈を読むことが出来るのだとしたら、伊達政宗は生まれながらにして軍配術の基礎を備えているということになる。


「なるほど、わらわの殺気の向く方向はお見通しというわけか」

「むしろ物の怪である分、人間の剣よりも読みやすいかもな。貴様の剣は、人より速いと言うだけか? 一段階と言わず、二段三段と上げねばオレには勝てんぞ?」

「む……」


 左近と政宗は、土手の上に立つ三成の影を見た。戦いに興じていながらも、ふたりとも途中から現れた立会人には気づいているようだ。いや、むしろ私が石田三成だと確信した上で、政宗は名乗ったのかも知れない。


「貴殿、この物の怪の飼い主のようだな。どうだ、すべての力を開放しちゃくれないかい?」


 政宗は三成に声をかけてきた。上野の国の、粗末な橋の上でほそぼそと【木】の気をすすって生きながらえてきた左近に、三成は霊力の供給を行っていた。ただしそれは人よりも多少優れた動きができる程度のものだ。左近本人は人知を超えた神の力を要求してきたが、こんな暴れ神に力を渡すわけにはいかないし、何より三成本人の霊力がもたない。

 しかし……今この場ではどうだ?


 ここで伊達政宗を亡き者にすれば、奥州を支配しやすくなるのでは?


 今は服従しているが、この先どうなるかはわからない。相馬義胤が言っていたとおり、泰平の世を生きられない性質の男だ。必ず、天下を乱す元凶となるだろう。

 それを今ここで殺すことこそが、豊臣家のためになるのでは……? その誘惑が三成の心を捉えた。


「気持ちはわかるが、やめておけ」


 後ろから肩を掴まれた。振り返ると、そこには親友が立っていた。


「刑部……」


 秀吉の腹心の一人で、三成とともに豊臣家の中枢を支える男。大谷おおたに刑部ぎょうぶ吉継よしつぐである。


「双方、刀を納められよ。この決闘、大谷刑部が預かった!」

 

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