第40話 似ている

 菫はただ、彼の話す内容を黙って聞いていた。

 彼の語りは最初こそ説明であったものの、途中からは殆ど自問のようなもので、回顧するように自身を化け物と語る口ぶりはなんとも痛々しさを感じさせる。


 嘘だと疑っているわけではない。

 この状況下において、何かを疑えるほど菫は肝が据わっていない。

 晶が自身を神だと言っても、未来から来た時間警察だと言っても、一切の疑念なく受け入れただろう。


 菫は晶の言葉を信じるからこそ、彼の自身を卑下するような言葉を受けて、胸に痛みを覚えずにはいられなかった。


「……悪い。自分のことを話せば、少しはお前も心を開いてくれると思ったんだ。でも、語りすぎた。自分でも退屈な話だって思う」


 そう自嘲するように笑う晶。

 それを見るだけで菫は苦しくなる。手足を肉の壁に埋め込まれた状態では押さえることもできない。


 じんわりと、菫の中に不快感が生まれる。

 ここに来て初めて、この肉の壁を忌々しいものだと彼女は認識していた。


「随分と脱線したな。ええと、何の話だったか……あー、そう。どうして俺がお前に好感を抱いたかだ。なんて、ちょっと偉そうな言い方な気もするが」


 晶はまるでカフェでくつろぐように明るい声を出す。まだまだ不器用な硬さがあるが。


「お前はアイドルだからな。いきなり好きとかいっても、変に取られるかと思った……っと、また自分の話になっちまった。ああ、悪い。会話は苦手なんだ。慣れてないから」


 そう困った雰囲気を出す晶だが、しかし現在進行形で、さらに勢いを増して襲ってくる触手は一つ残らず弾き返す。

 語りが功を奏したか、菫からの警戒が和らぎ、最初に比べて随分と身体が軽くなっているという要因もあるにはある。

 しかし、まるで首の上と下、別々のシーンを切り合わせたようなその姿、動きは、目の前で見せつけられている菫にはあまりに奇妙に映った。


 実際彼の身体には、思考を回していても勝手に動く程度に、戦いが身に染みついている。それを菫が知れば、余計に胸を痛めただろう。


「お前は、なんとなく俺に似ている気がした」

「え……?」

「別に悪口じゃないぞ。そりゃあ俺なんかと似てるって言われてもあまり聞こえは良くないかもだけどさ」


 そんなことない、と菫は大きく首を振る。

 そんな彼女に、晶は背を向けながら優しく微笑んだ。


「でも、同時に凄いって思った。アイドルとしての自分、高校生としての自分……お前はそれにちゃんと向き合ってる。俺なんか、全然……つらい、面倒臭いから逃げてばっかなのに」

「そんな、こと」

「お前の中、見たよ。勝手にだけど。なんていうか……大変なんだな、アイドルっていうのも」


 もう何度目かの言葉――しかし、晶の中ではその意味は大きく変わっていた。

 まったく知らないアイドルという存在をただ遠ざけていた時とは違う。


 今の彼にとってアイドルは菫だ。

 それは明星すみれでもあり、当然、田中菫でもある。


 晶は彼女がどういうファンに支えられながら、どういう歌を歌っているのかも知らない。

 それでも、彼は彼女を知り、そしてそのアイドルに


「俺は頑張るとか、頑張らないとか――そういうのはよく分からない。頑張ってないからな。何も」


 今日も、明日も、彼にとってはいつか消えると確約されている未来だ。

 今よりも良くしたいなどという意識は彼の中には無い。少なくとも彼が自覚する中には。


「でも、たまには休んでもいいと思う。気を抜いちゃいけないわけじゃないだろ。足を止めても、当然進み続けていてもお前はお前だ。田中菫も、明星すみれも、消えてなくなったりしない。少なくとも俺にとって――」


 そう口にして、しかしハッとしたように言葉を切る。


(たった5年しか記憶できない俺に言われたところで、何の気休めにもならないな……)

「そんなことないですっ!!」


 そう失言を悟る彼の背に、強い声と、暖かな何かが触れた。


「私、私……!」


 感極まったように、涙も鼻水もボロボロと流しながら、菫は晶の背中に抱き着き顔を擦りつける。

 アイドルならば決して人前で見せないような醜態かもしれないが、菫はそんなこと全く気にしなかった。

 妖魔に力を吸われ、立ち上がっても立っているのがやっとくらいの力しかないのに、それでも持てる力の全てで晶を抱きしめる。


「菫……」


 呆然と、晶は彼女の名前を呼ぶ。


 しかし、晶が何か次の言葉を発するより先に――妖魔の触手が、今までで最も強く、最も多く、怒り狂うような激しさを以って彼らを飲み込んだ。

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