第32話 正常・異常
神谷高校の校門は、当然といえば当然だが重く閉ざされていた。
晶が掴んで動かそうとするが、まるで侵入者を拒むかのように、1ミリたりとも動かない。
「参りましたね」
「乗り越えたりできないんですか?」
「うん、これは一種の結界だ。ゲームのダンジョンと似ててね、対応する仕掛けを解かないと開かないんだ」
そう2人が会話を交わす余裕があるのは、この高校周辺に来て、ぱったり雑魚妖魔が現れなくなったからだ。
「嵐の前の静けさ、なんて言葉もあるけれど、ありがたいね」
そう言う桜花は僅かに息を荒くしていた。
道中に現れた妖魔のほぼすべてを燃やし尽くしてきた桜花の疲労は素人の一姫から見ても明らかで、だからこそ、そんな彼女に気を遣う様子を見せない晶が意外だった。
「…………」
そもそも、この幽世に来てからの晶の様子はおかしい。
前を向きながら、彼女達と会話をしながら意識は別のところにあるように見えた。
「ねぇ、晶。これからどうす――晶?」
一姫の問いかけを無視し、晶は刀を手にし、校門の前に立つ。
「ちょっと、何して……」
「ハッ……!」
晶は手に持った刀を、校門に向かって振るう。
そして、それを受けた校門は呆気なく真っ二つになり、重たい音を立てつつあっさり倒れた。
「さすが師匠……やりたい放題だなぁ……」
「呆けてる場合じゃない。立て、桜花」
「ちょ、晶、さすがに少し休憩を――」
「必要無い」
一姫の言葉に晶は冷たく返すと、容赦なく座り込んでいた桜花の手首を掴み、立ち上がらせる。
「っ……! し、師匠……!?」
ほんの僅か、桜花の全身が光を放った。
そして、桜花は自身の身体にあった倦怠感が無くなったのを自覚する。
晶が自身の力を桜花に分け与えたためだ。
「師匠、これじゃあ僕が代わりに戦ってきた意味が――」
「問題無い。微々たるもんだ」
晶は今、桜花が消耗してきた力を全て肩代わりした状態だ。
しかし、桜花が呼吸を乱すほどの疲労を肩代わりしても尚、晶には一切支障なかった。
「けれど良かった。復帰には問題なさそうだ」
そう、微笑みというにも僅かすぎる笑みを浮かべる晶に対し、桜花は素直に喜ぶことができない。
(まあ、落ち込むのも今更だけどさ……)
晶に一目置かれているとはいえ、その差はあまりに大きい。
それでも、桜花は晶に憧れ、そして憧れたままではいられない。
そんな思いが彼女を立たせる。折れそうになる心を無理やり鼓舞させる。
「さぁ、監視者さん。ここからは師匠のターンだよ」
桜花は落ち込んだ様子を見せず、恭しく一姫の手を取る。
今日の晶の様子がおかしいということは、桜花も彼の顔を見た瞬間から気づいていた。
そして、その思いは今なお強くなっている。
(核……屋上か)
晶には桜花たちの見えていない何かが見えている。
彼女にもそれだけは理解でき、そして、だからこそ不安を抱かずにはいられなかった。
◇◇◇
「ウアア——」
ザシュッという刀が肉を断つ生々しい音が校舎内に響く。
学生服を着た、外にいるのと同じような妖魔を、ただひたすら斬り伏せて歩く、晶によるものだ。
晶の持つ刀は、実体がそこに存在するわけではない。
彼らの服装や姿は幽世に入る前、現世の姿を踏襲しているが、晶は現世で刀を手にしていたわけではない。
彼の持つ刀は、彼がこの幽世で生成したものだ。
実体を持たないからこそ、その姿は変幻自在。
時に鞭のように伸び、しなり。時に短剣のように投擲し、しかし次の瞬間には手元に戻っている。
そして、それらは決して、一姫や桜花を傷付けない。
まるで刃の先に目でも付いているかのように、絶妙に避けるのだ。
晶はそれをこともなさげにやりのけている。四方八方から襲い来る妖魔達の方が哀れに思えるほどに。
「2人とも、体調は」
「大丈夫です」
「私も、大丈夫」
「ならいい」
そう何度も彼が問いかけるのは、現世と幽世、身体と魂が離れていることによる影響が出ていないか確認するためだ。
「師匠は、現実時間で何日間も幽世に潜り続けたこともあるらしいよ。僕らよりずっと幽世からの影響を受けないんだ」
一姫の手を引きながら、桜花はそう補足する。彼女なら誇りそうなものだが、しかし、その声はどこか悲しげだった。
「あの人には弱者が分からない。だから心配なんだ。『この程度でも影響されてるかもしれない』って。まあ確かに師匠の基準を求められたらたまらないけどね。普通の退魔師でも、半日、幽世に入れば頭がおかしくなってしまう」
「それは、晶が異常ということですか……?」
「何が正で、何が異か。それは僕個人の意見にすぎないけれど、確かに師匠——五条晶という退魔師と、僕を含めた有象無象を比べれば、まったく異なる存在なんだろう。退魔省が監視者を起きたくなるのもよく分かるよ」
でもさ——桜花はそう言葉を切り、一姫をじっと見つめる。
まるで何かを探るように、注意深い目で。
「わざわざ、そんな師匠の監視者に特例的な、まだ殆ど何も知らない高校生が選ばれた。それは君に、師匠を縛れる何かが備わっているということだ……そうだろう、御堂さんちの一姫ちゃん?」
その、敵意ともいえる言葉を受け、一姫は恐れるように生唾を飲み込んだ。
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