第31話 目指す場所は
既にここは幽世。
それなのに、現世に置いてきた筈の一姫がそこにいる。
その事実に最も動揺しているのは他ならぬ一姫自身だった。
「お前、どうして」
なぜここにいると問いかけようとする晶だが、しかし、一姫の表情から、それは無意味だと察し言葉を切る。
次いで桜花へ視線を向けるが、彼女も分からないと首を横に振った。
「師匠」
「ああ、分かってる……監視者殿」
晶は動揺し顔を青ざめさせる一姫の手を取り、握り締める。
「え……」
「どういうわけでお前がこっちに来ちまったのか、俺達にも分かんねぇ。けれど、事実は受け止めるしかない」
晶は一姫の手を引いて、アパートを出る。
外は暗く、しかし町並みは現世の景色そのままだ。
違うのは肌に纏わりつく冷たい感覚と――
「なに、あれ……」
道路に蠢く、何かの姿だ。
一姫が呆然とするのも無理はない。道路にいるのは顔や腕、腹、足……パーツの一部のみを存在させた歪な人間だったからだ。
「嫌な感じですね、師匠。まるで認知の世界だ」
「……あれも妖魔であることには違いない。監視者殿、俺達から離れるな。特に俺からは」
「あ、晶……でも」
「俺から離れれば離れるだけ、お前に渡したお守りの効果は薄れる。そんな状態で妖魔に襲われれば、お前の意識はここで死に、肉体は抜け殻になって腐り落ちるのを待つだけになるぞ」
脅しではなく、晶ははっきり事実を伝えた。
明らかに今までとは様子の違う幽世の中で、無力な存在である一姫を連れて行く――それ以外に選べる道はなかった。
幽世への移動は基本片道切符だ。
現世へ帰るには、幽世を消滅させるほか無い。
核の反応は遠く、一姫をアパートに残していけばいずれここに妖魔が集まり、彼女を喰らうことは明らかだった。
「大丈夫。お前を死なせたりはしない。桜花、お前もな」
「師匠、僕だって退魔師だ。確かに嫌な感じはするけれど、でもちゃんと役目は果たすよ」
「ああ……行くぞ」
◇◇◇
桜花が、道路に蔓延る妖魔を見て、認知の世界と称したのはあながち的外れでも無かった。
人は他者を認識するとき、何かしら特徴を捉え、それを元に個を記憶する。
例えば髪の形や色、目や鼻の形、体型、ファッション――それらから一番分かりやすい特徴をピックアップし、相手に結び付ける。
Aさんは天然パーマがアフロみたいになっている、Bさんは鼻が潰れたみたいに平べったい……といった調子で。
道路に蔓延る妖魔、人間の成り損ないのような姿をしたそれらは、正しくそんな存在だった。
Aさんであれば天然パーマの髪型だけ、Bさんであれば平べったい鼻だけがくっきりと存在し、それ以外はピクトグラムのように無機質なシルエットで覆われている。
特徴は個々によって異なり、まるで誰かから見た世界の景色を覗いている様だと、晶は思わずにいられなかった。
そして同時に、この視点の持ち主を知っているような予感も。
「師匠、道中は僕に任せてください」
「桜花」
「なぁに、リハビリみたいなものです」
「……分かった。任せる」
一瞬渋った晶だが、桜花の視線から伝わってくるメッセージを察し、頷く。
桜花はニンマリと口角を上げ、晶と一姫を先導するように道路を走り出した。
「ウア、ア……」
彼らの姿を見つけ、妖魔が襲い来る。
その動きは遅く、まるで映画に出てくるゾンビのようだった。
「さぁて、師匠にカッコいいところを見せないとね」
桜花は袖の下から彼女の武器――まるで陰陽師が使うような護符を抜き出す。
「さぁ、どいてもらうよっ!」
四方八方からわらわらと寄ってくる妖魔たちをけん制するように、周囲へと護符をばら撒く桜花。
そして――
「燃えろッ!!」
パチン、と指を弾くと同時に、その札が全て猛々しい炎を噴出させた。
「きゃっ!?」
「っと、相変わらず派手だな……!」
「すみません、師匠。久々だからかちょーっと加減が難しくて……まぁ、弱いよりはいいですよねっ」
護符から出た炎は近くの妖魔へと飛び掛かり、容赦なくその身体を燃やす。
そして、炎は意思を持ったかのように別の妖魔へと伝播していき、辺りは一瞬のうちに炎で包まれた。
「熱っ……!?」
「おい、燃やしすぎだ」
「あはは、すみません。ちょっと張り切っちゃいました」
そう自嘲する桜花に対し、晶は嘆息しつつ、目の前にそびえる炎の壁を、手に持った刀で断ち、道を切り開く。
「行くぞ。雑魚に手間をかけていても仕方ない」
「了解ですっ! ああ、師匠は幽世にあってもなおカッコいいですねぇ……」
「うるさい」
「ね、ねぇ晶。この世界の核って、どこにあるの……?」
走り出しつつ、一姫の質問に一瞬口を閉じる晶。
その目はほんの僅かに昏い感情を映していて、桜花は眉をひそめる。
「核があるのは神谷高校だよ、監視者さん」
「神谷高校に……!?」
「さすがに場所までは分からないけれど――」
「いや、分かる」
桜花の言葉を晶が遮る。
その表情はまるで痛みに耐えるように苦し気で、しかし、視線は真っ直ぐ進行方向へ向けられている。
「核があるのは、屋上だ」
晶は一人の少女の、彼女が最後に見せた表情を浮かべながら、苦々しく吐き出した。
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