第14話 学生Aと謎の美少女

「うーん……なるほど……」


 翌日、いつも通り賑やかな教室の自席で、晶は一人感心するように唸っていた。

 予想に反し汐里は声をかけてくる様子を見せないが、それならそれで彼にとっては好都合ではあった。

 それよりも……彼の関心はクラスの中心人物たちに向かっている。


(ラブコメの主人公ねぇ……言われるだけのことはある)


 昨日さわりだけ読んだライトノベルに描かれた主人公とヒロイン達の楽しく愉快な日常が、今、この教室で展開されている。

 佐崎京助という主人公。

 美空未来、御堂一姫というヒロイン。

 さらに、他のクラス、学年にも佐崎を想うヒロイン達が存在するという。


(正しく、この神夜高校はラブコメの舞台ってわけか。形通りのものかは分からねぇけどな)


 御堂一姫が退魔省――退魔師達を支配、管理する組織から、特異点である佐崎京助をコントロールするために差し向けられた刺客だとすれば、それ以外にも佐崎の特異性を狙う輩が紛れ込んでいてもおかしくない。

 

(それを見つけ出し、弾くのも俺の役目……とか言い出さないよな。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてなんとやら、と言うし)


 晶には名誉も何も無い。

 退魔師として働くのは彼が退魔師だから以上の理由は無く、当然、その別勢力の刺客がいようがいまいがどうだっていいのだ。


 あくまで彼は傍観者なのだ。

 一姫を含むヒロイン達と関わり、主人公を射止めるためのレースに加担するつもりは毛頭無い。

 少なくとも特にこの件に関して指示を受けていない現状においては。


(なんて考えてる場合じゃねぇや。飲み物買いに行こ)


 結構な頻度で飛んでくる一姫からの視線を無視し、晶は教室を出る。


 今は授業の合間の10分休み。

 手洗い休憩や授業の準備に設けられた時間であり、飲み物を買いに行くのならあまり余裕はない。


 少し早足気味で、三階の教室から一番近い自動販売機、一階昇降口に向かう晶だったが——


「げ」


 その自動販売機の前で、右往左往する先客を前に、思わぬ足止めを食らうこととなった。


「んー、どれにしようかな~……」


 その少女は、全身をパタパタと動かしながら、どの飲み物を買おうか悩んでいるようだった。

 丁寧なことに既にお金も入れていて、悩んでいるならと横入りするのも難しい。


 授業の合間ということもあり、教室の無い一階には他に誰もいないが、誰もいないのに独り言を言いながら、大げさに悩む少女の姿は、晶には少しばかり異様に思えた。


(どうする。別の自販機に向かうか……いや、実習棟までとなったらさすがに遠い……)


 すぐさま脳内で算盤を弾き、“待つ”という選択肢を選んだ晶は、彼女の後方の壁に寄りかかり、ボーッとし始めた。

 せいぜい数秒、掛かって1,2分で済むかと思っていたのだが——


「どれがあたしっぽいんだろ……正直ブラックコーヒーがいいけど、そんなの飲んでたらイメージ合わないし、だからってイチゴ牛乳はなぁ……甘いの苦手だし」

(長い……)


 先ほどから独り言をループさせながら悩む少女は、一向に決める気配が無かった。

 そうなると、いよいよ授業開始に間に合わなくなる可能性が出てくる。

 晶は正直関わり合いになりたくないと感じながらも、断腸の思いで少女に声をかけることにした。


「あの、時間かかりそうなら先に買ってもいいですか」

「ぴっ!?」

「ぴ……?」

「い、み、見てたんですかっ!?」


 少女は思い切り動揺したように声を震わせる。

 顔はこの世の終わりかのように青ざめ、自販機の件を切り出せる雰囲気ではなかった。


「ま、まさか脅す気では……!?」

「は?」


 今の状況と、脅すという言葉があまりにかけ離れていて、晶はつい思考を飛ばしてしまう。


「何言ってんだ……?」

「あ、あたし……じゃなくて、すみれは屈しませんよ!?」

「すみれ? って、なに」

「え? すみれのこと知らないんですか……?」


 ショックを受けたように目を真ん丸に見開く少女。

 さらにオーバーリアクションによって、仰け反った彼女はそのまま頭で自販機のボタンを押してしまう。

 しかも、独り言で既に選択肢から弾いていた、ブラックコーヒーを。


「あ……ああっ!!?」

「あぁ、チャイム……くそ、喉乾いたのに……」

「チャイムじゃないですよぉお!? どーしてくれんですかこれっ!?」


 同時に鳴り響いた授業開始を告げるチャイムに反応する晶に対し、少女は半泣きですがりつく。


「私はサワークリームビスケットのすみれなんですよっ!? ブラックコーヒーなんか飲んでたらイメージ崩壊ですよぉ!?」

「さわーくりーむ……なんだそれ」

「え……? 本当にすみれのこと知らないんですかっ!?」

「知らないしチャイム鳴ってるから……」


 心底信じられない様子で晶の両肩を掴む少女に、彼は心底鬱陶しそうに呻いた。

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