第13話 監視者のいる日常
「おかえり」
「……ただいま」
晶は釈然としない面持ちのまま、言葉を返す。
いつからか、こんなやりとりが日常化していた。
一姫がどこからか持ってきたスマホアプリで鍵を開けられるようにする機械を晶の部屋に取り付けて以来、晶だけでなく一姫も自由に部屋を出入りできるようになった。
晶としてはマイナスというより、鍵を一々持ち運ばなくても良くなるというメリットの方が大きいため、むしろプラスくらいに思っているが。
ただ、そのおかげで、
朝勝手に部屋に上がり、寝過ごしそうになった晶を起こしたり。
晶がコンビニに晩御飯を買いに行っている間に部屋に上がり込んで掃除をしていたり。
退魔師として、深夜に町中を徘徊(パトロール)する際に付いて来たり。
晶の日常に一姫がいることは、すっかり当たり前になっていた。
今日も図書室が閉室になり、そのまま真っ直ぐ帰ってきたのに、既に一姫が部屋に上がり込んでいる。
「ん、この匂い……」
「ああ、お味噌汁を作っていたの。コンビニ弁当もいいけれど、ちゃんと栄養取らないと倒れるわよ」
「……お前、本当に監視者なんだよな。まるで家政婦みてぇだ」
「失礼ね」
口を尖らせてはいるが、一姫に不機嫌になった様子はない。
むしろ鼻歌を奏でる程度にはご機嫌らしい。
「お前な、退魔師を甘やかしたって良いことなんかないぞ」
「そんなことないわよ。ビジネスパートナーなんだから」
「そういう対等な関係じゃないんだろ。お前らからしたら」
不機嫌になりつつ、晶はかつては万年床、今は一姫によって畳まれた布団の上に倒れる。
「ちょっと、制服のまま転がったら皴になるわよ」
「今度は母親みたいだな。実際に親がどんなもんかは知らないけど」
「知らないって……もうおば、お母さんには会っていないの?」
「あー、少なくとも5年はなー」
言いつけ通り学ランを脱ぎ捨て、ワイシャツ姿でぐったりとする晶。
一姫は味噌汁の火を止め、呆れながらも学ランをハンガーにかける。
「そういえば、随分と仲良さげだったわね?」
「はぁ?」
「友利汐里さん。あまり誰かと仲良くしている印象の無い子だったけれど」
「なんか険があるな。嫌いなのか」
「別にそんなことないけれど。まともに話したことないし」
「そういや友利さんもお前には苦手意識を持ってるみたいだったな」
「…………」
「んだよ、自分が苦手って言われるのはイヤなのかよ」
愉快気にくつくつと喉を鳴らす晶に、一姫は不機嫌そうにそっぽを向いた。
「ていうか、図書室でも同じこと聞いてきたけどよ。監視者様は俺の交友関係にも口出しするわけ?」
「っ……別に、不適切な関係でなければ問題ないわよ」
「不適切? どんな?」
「不適切は……ふ、不適切よ」
何を想像したのか、一姫はほんのりと頬を赤く染めながら返す。
そんな彼女を不審げに見る晶だが、答えが出ることは無く早々に意識を逸らす。
そして、布団に身を投げたまま、鞄から汐里に渡されたばかりの文庫本を取り出した。
「ふぅん……絵は描いてあるけど、漫画とは違うんだな」
「なに、それ?」
「友利さんから借りた」
「貴方ね……このタイミングでそんなもの出す?」
「このタイミング?」
「分からないならいいわよ」
やはり不機嫌そうにしつつ、一姫は晶のすぐ隣に腰を下ろした。
長い黒髪が揺れ、晶の頬をくすぐった。そこには学校の時は付けていなかった赤い飾り紐が巻いてあった。
監視者の仕事をするときだけ身に着けるそれについて、晶は指摘をしたことはないが、おそらく何かのまじないだろうと踏んでいる。
「どういう本なの?」
「さぁ……っと、裏にあらすじが書いてある。ふーん、学園を舞台としたハーレムラブコメだとよ。……ハーレム?」
「そういうの、男の子は好きだものね」
なぜか軽蔑するような響きを含ませる一姫に、晶は軽く頷き返す。
「確かにな」
「晶も憧れるの? こういう、女の子にチヤホヤされるの」
「あんま興味は無いな。ただ、退魔師なんてやってりゃ嫌でも知ることはある」
「……?」
晶は1ページ目から読み始める。
元々図書委員の時間つぶしに使おうと思っていたものだが、最短で明日、教室で汐里と顔を合わせた際に感想を聞かれる可能性がある。
多少なりとも読む意思を見せておいた方が今後の関係も円滑に進むだろうと思ってのものだ。
「でも、これって友利さんから勧められたのよね」
「ああ。彼女が好きな作品を、ってことだけど」
「友利さん、こういうのが好きなの……?」
「どういう趣味かは人の勝手だろ。それに、あの子はなんだかんだ気を遣うタイプみたいだからな。読書経験の浅い俺に合わせて、男子が好みそうな内容の作品を選んでくれたんだろう」
「……随分と彼女を評価しているのね」
「付き合いが浅い段階から悪評を付けるのが不毛ってのもあるけどな」
それなりにテンポよくページを捲りながら、晶はほんのりと笑みを浮かべる。
「面白いの?」
「案外な……って、寄り掛かるなよ」
「いいじゃない。み、見えないんだから」
少し硬くなりつつ、晶に身を寄せる一姫。
当然、そういう意図のあってのものだが、晶にその意図が伝わることはない。
(鈍感なハーレム主人公が、可愛く見えるほどよね……本当に……本当にぃ……!!)
「おい、顔怖いぞ」
「怖くないわよっ! はいっ、そんな本読んでないでご飯にするわよっ!」
「お、おう……」
明らかに逆ギレだが、既に家事周りを掌握した一姫に逆らえる筈もなく、晶はそそくさと文庫本を閉じると、壁に立てかけていたちゃぶ台を準備するのであった。
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