第12話 交友と嫉妬と

「五条くん、テレビは見る?」

「ううん、テレビが家にないから」

「スマホで動画とか……」

「それもさっぱりだね」

「そっかぁ……」


 頭の中で絞り込んでいるのか、汐里は腕を組んで首を傾げる。


「本は殆ど読まないんだよね?」

「うん」

「じゃあいきなりこういうのはハードル高いかなぁ……」


 汐里は自分の読んでいたハードカバーの本に目を落とす。

 少し残念そうなのは、同じ本を読んで語り合いたいという気持ちが多少なりあったからだろう。


「入門って考えたら、ライトノベルとかかなぁ。タイトルによっては読みにくいのもあるけど」

「ライトノベル?」

「ああ、ええと……若い人とか忙しい人でも読める、読み口の軽い小説のこと、かな?」

「へぇ……」


 読み口が軽いと言われれば、晶も多少なり読める気がしてくる。

 少なくともこの図書委員の暇を潰せるものがあるのなら願ってもない話だ。


「五条くん、なにか趣味はある?」

「え?」

「あ、いや、変な意味じゃなくてね? その、好きな題材だったらもっと読みやすいかなって」


 そう言われ、思考を巡らす晶。

 真っ先に浮かぶのは退魔師のことだが、好きとは違う。

 次いで浮かんだのは——


「映画のサントラを聴いたり、かな」

「映画? 映画が好きなの?」

「ううん、映画は観ないんだ。ただ、安売りされてる知らない映画のサントラを買って聴くのが趣味なんだ」

「な、なんだか通だね……!」


 なぜか目を輝かせる汐里に、晶は首を傾げる。

 単純に、なにがどう通なのか分からなかったからだ。

 この趣味は晶にとってはただ色々と都合が良かっただけで、感心されるような理由や意義は存在しない。


「じゃあ、何か映画原作の小説とかがいいかな?」

「いいや。そっちの趣味は、どんな内容か分からないからいいんだ。音楽から物語を想像する、みたいなさ……って、なんだか暗い趣味だと思うけど」

「ううん、そんなことないよ。とっても素敵だと思う」


 はにかみつつ、趣味を肯定してくれる汐里に対し、晶は気を遣われていると思いつつ、どうにも悪い気はしなかった。

 彼にとっても、同世代で“普通”な女の子とここまで長い会話を交わすのは初めてだった。

 高校生活など足枷にしかならないと思っていた彼だが、その認識は少し早計だったかもしれないと思い直す。


(案外悪くないな。俺は今、彼女を“知りたい”と思っている)


 そんな居心地の良さをしみじみと感じている晶だったが、そんな雰囲気は、突然カウンターを訪れた生徒によって吹き飛ぶことになる。


「本、借りたいのだけれど」


 バンッと大きな音を立てるように、力任せにカウンターを叩いた彼らの同級生によって。


「ひうっ!?」

「…………?」


 思わず身を竦ませる汐里と、首を傾げる晶。

 そんな2人を睨むように見つつ、御堂一姫は持っていた文庫本を差し出した。


「本、借りたいのだけれど」

「ああ、ええ、はい。聞こえてますよ」


 すっかり萎縮している汐里を庇うように、晶が前に出る。


「友利さん、受付は俺がやっとくから、本棚の方、お願い」

「あ……は、はい」


 そう汐里を別作業に逃がす。

 少々露骨ではあったが、返却本の整理もれっきとした図書委員の仕事だ。

 それに、わざわざ一姫が声を掛けてきたのだ。何か用があるにしても、汐里に聞かせるべき話では無いだろうという判断だ。


「……で? わざわざ何の用だ」


 汐里が去っていくのを見送り、貸出カードや帳簿への記入をしながら、晶は一姫に話を促す。

 そこに汐里と会話していたときのような柔らかさはない。実に普段通りの彼だった。


「用なんか無いわよ。本を借りに来ただけ」

「そーかい」


 一姫の借りようとしてる文庫本は、カタカナで題名の書かれた、どこかの国の翻訳本だ。

 その手の話に一切詳しくない晶に分かるのはその程度でしかない。

 彼女が本当にこの本を借りたくて、わざわざ放課後の、偶々晶が受付をやっている時間にやってきただけという可能性を否定できなかった。


「随分と楽しそうだったわね」

「そうか?」

「ええ」


 どこか責めるような響きに、晶は顔をしかめる。


「学生生活を謳歌する、という意味じゃお前の方が楽しげだと思うけど。そういや、今日はカラオケに行くだとかなんとか言ってなかったっけ?」

「カラオケ? なんでそんなもの私が行かなくちゃいけないのよ」

「愛しの佐崎君らがそんな話をしてただろ」

「冗談でもやめて」


 一姫は表情を歪めつつ、吐き捨てるように否定した。


「別に彼らのことが嫌いなわけではないけれど、付き合いはあくまで仕事よ」

「じゃあカラオケに行くのも仕事じゃないの」

「残業代が出るなら一考するけれど。でも本業があるから結局無理ね」

「本業?」

「貴方の監視よ、“五条君”」


 少しばかりのねちっこさがこもる言葉を受け、晶は呆れるように息を吐く。


「随分仕事熱心だな」

「そうね。ああ、この後また貴方の家に行くから」

「んげ。またかよ」

「ええ、監視者だもの」

「あのさ……そう毎日毎日監視監視ってよぉ。別に手ぇ抜いたって誰も怒んないぜ? 最初の挨拶以降放任ってやつもいるんだから」

「私、手を抜きたくないの」


 生真面目なことを言いつつ胸を張る一姫だが、毎日監視され続ける晶からすれば実に肩の凝る話だ。


「それじゃ、また後で」

「へーい……ああ、返却期限は二週間後までなんで」

「了解」


 一姫は鞄に文庫本をしまい、図書室から出て行った。

 そんな彼女と入れ替わるように汐里が帰ってくる。一姫が去ったのはそれを察知したからだろう。


「ふぁあ……御堂さん、綺麗だなぁ」

「お疲れさま、友利さん」

「五条くんこそお疲れさま。私、御堂さんってちょっと緊張しちゃって……」


 落ち込むようにそう言う汐里だが、そもそも威圧感ある態度を出してきたのは一姫のほうだ。

 そうフォローを入れようとした晶だったが、口に出す前に思いとどまる。

 正直に言っても、汐里と一姫の不和を助長するだけに思えたからだ。


「五条くん、御堂さんと仲良いの?」

「そんなことないよ」

「でも、何か話し込んでたような……」

「初めて借りるみたいだったから、説明してただけ。ははっ、先輩に習ったことを早速実践できたよ」


 咄嗟の嘘ではあったが、汐里は納得したようで、それ以上の追求はなかった。

 そもそもスクールカースト的に見れば、晶と一姫の仲が良いというほうが不自然なのは明白だ。


「あ、そうだ。五条くん」

「ん」


 汐里は手に持っていた本を差し出す。

 表紙に可愛らしいイラストが書かれた文庫本、ライトノベルだ。


「どんな本が合うか分からなくて、私が好きなシリーズなんだけど……どう、かな?」

「ありがとう。読んでみるよ」

「べ、別に変な意味ないからね!? その、もしも五条くんが分からない部分があっても、私がフォローできるしってだけで……」


 変な意味もなにも、おすすめの本を渡された以外に意味を読みとれない晶なのだが、なぜか汐里が焦っている様子なので、気を遣うように微笑んでおく。


「嬉しいよ」

「あ、はは……もしも面白かったら、感想とか言い合えたら……嬉しい、です」

「うん、ぜひ」


 イラストのついた文庫本を眺めつつ、一姫の借りていった本とは同じサイズなのに随分雰囲気が違うな、などと思う晶。

 そして、


「そうか、友利さんはこういう本が好きなんだな。これを読めば、友利さんがどういう人かもっと知れる……そう思うとなんだかワクワクするよ」


 そう、学生モードながらに本心を呟く。

 彼としては思ったことを口にしただけなのだが、受け手である汐里からすれば、中々に恥ずかしいことで、彼女は変な声を漏らしながら、沸騰しそうなほどにまた顔を赤くするのだった。

 

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