第11話 その他大勢のひとりの日常

 しっかり六時間授業を終えた放課後。

 部活やバイトなどでそそくさと帰り支度を済ませ教室を出る生徒たちもいる中、晶はぼうっとした様子で自席に残っていた。

 本来ならすぐさま帰って眠りたいところだが、それをしないのは、当然用事があるからだ。


「あの、五条くん……?」

「ん」


 控え目に声を掛けられ、晶は俯かせていた顔を上げる。


「大丈夫……?」

「ああ……うん、もちろん。そろそろ行く?」

「う、うん」

「分かった、友利さん。わざわざ声掛けさせてごめんね」

「う、ううん。大丈夫……」


 ホッと息を吐く彼女に、晶は微笑みつつ鞄を手に取る。


 友利汐里。彼女は晶や一姫らと同じ、神夜高校一年一組に所属する女生徒である。

 地味な黒縁眼鏡をかけ、さらに長い前髪で目元を隠すその姿からは、どうしても明るい印象は得られない。

 小柄ながら大きく膨らんだ胸は男子たちから視線を集めることもあるが、それも彼女にとっては当然良いものではなく、人見知りという内気な性格を強調する結果となっている。


 そんな彼女と晶の共通点は、共に図書委員に所属しているということだ。

 当然晶がわざわざ図書委員に立候補する筈もなく、他薦による結果である。


 地味な黒縁眼鏡、長い前髪。弱々しく見える小柄な体つき。

 そんな特徴は汐里だけではない。晶にも共通していたのだ。


 元々160cm程度と、男子にしては若干低めな身長で、本業の関係である程度鍛えられているにしても学ランで隠れてしまっている。

 学生生活に消極的な彼からすれば、当然目立つより目立たない方がいい、と思っての“暗い内気な男子学生”というブランディングだったのだが。

 まさか同じような外見をした文学少女が同じクラスにいて、面白半分に2人合わせて図書委員を押し付けられるなど全く予想外だった。


「ごめんね、五条くん。私のせいで」

「誰のせいとか無いよ。僕も読書は好きだし。むしろいいきっかけになったかなって」


 申し訳なさそうにする汐里に、晶は“らしくない”柔らかな口調で、フォローする。

 この柔らかく丸っこい口調も、目立たない……というか敵を作らないためのブランディングの一種だ。


 晶は読書に全く興味はない。ましてや毎日ではないにしろ放課後を圧迫する委員会など以ての外だ。

 ただ、それらはクラスの悪乗りに流された結果であり、汐里のせいではない。

 彼女と外見的特徴が被らなければ……という思いはあったが。


(彼女もスタイルは悪くない。前髪の隙間から見える目も整っているし、前髪を上げれば美少女として目立ちそうだけど……)


 などと、勝手に評価をつけつつ、しかし当然口には出さない。

 地味な文学属性のある2人が図書委員になった、という事実はもう動くことはないだろうから。



 新米図書委員の仕事は、図書室の受付係だ。

 貸出の処理、返却本を本棚に戻す……やることはそれくらいで、後は受付に座って読書をして時間を潰すくらいのものだ。


「ご、五条くんは本を読まないの?」

「ん……あんまり」


 受付の仕事もあまり忙しくなく、殆どは待ちだ。

 そんな中ぼーっとするだけの晶に、汐里が気遣うように声をかける。


「ご、ごめんなさ——」

「だから、友利さんが謝ることじゃないから。お、僕も読書には少し興味があるんだけど、中々……」

「じゃ、じゃあ! 私が五条くんに合う本を紹介しますっ!」


 突然、興奮したように立ち上がる汐里。

 そのらしくない行動に晶は目を白黒させつつ、人差し指を自身の口に当てる。


「友利さん。図書室」

「あ……ご、ごめんなさい……」


 決して大声ではないが、彼女にしては大きな声は静寂が支配する図書室には良く響いた。

 ほんの少し視線を集めた程度ではあるが、目立つのが苦手な汐里はそれだけで体を縮こまらせてしまう。


「あ、あう……」

「大丈夫?」

「は、はい、です」


 首まで真っ赤にして俯いてしまう汐里に、晶は困ったように苦笑する。


 そもそも、晶は対人経験が薄い。

 知り合いも少なく、さらには一姫や一姫の前任である監視者達、同業の退魔師という、表の世界とはかけ離れた存在ばかりだ。

 つまり……彼は少々、いや、色々と抜けていた。


「友利さん」


 晶は優しく声をかけつつ、彼女の手を取る。


「ふぇ……!?」

「さっきの話、興味があるな。おすすめの本ってやつ」


 彼は全く読書に興味がない。この提案もただの気遣いだ。

 当然、手を握る必要などないのだが、晶には、そして汐里にも分からない。


「ご、ごごご、ごじょうくん……!!?」

「駄目、かな?」

「い、いいいえっ! そんなことないです……!」


 汐里は真っ赤になりつつ、しかしはっきりと首を横に振る。


(こ、こんなに情熱的に手を握られるなんて、は、初めて……)


 無意識の内に晶の手を握り返しつつ、汐里はそんなことを思い、さらに顔を赤くする。


「あ、あの、それじゃあ、私が絶対に五条くんに合う本を——ッ!!」

「友利さん、声」


 再び大声を上げそうになった汐里の口を、咄嗟に手のひらで塞ぐ晶だが、その行動もまた逆効果であることには当然気がつくはずもなかった。

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