第2話 粗暴な少女

 肩くらいまでの長さの黒髪は艶やかではあるが、あまり手入れされていないようでぼさっと広がっている。

 鍛えられたシャープな体つきは腹筋もうっすら浮かぶほどに締まっている。


 同性から見ても文句なしの美少女であるが、一姫が注目したのはそのどれでもなく、ふくよかに膨らんだ胸だった。


(D、いやE……!?)


 一姫は自身の胸に手を当てながら渋面を浮かべた。

 本人にとってはコンプレックスの薄い胸はある意味年相応ではあるが、同い年に見える少女が非常に立派なものを持っているとなれば無視もできない。

 そうモヤモヤと嫉妬しつつ、寝息で上下する胸を観察していた一姫であったが、


「――ッ!!?」

 

 そのせいで、いつの間にか少女が目を覚まし、自分の方を見ていたことに気付くのが遅れてしまった。

 目を開ければハッキリと分かる美少女だ。同性の一姫でさえ惹きつけられるほどの。


 彼女は一姫を観察するように目を細め、暫くジッと見つめた後、


「知らない顔だ」


 そう、中性的なハスキーボイスで呟いた。


「誰だ、アンタ。泥棒にしちゃあ随分と若く見えるけどよ……ああいや、泥棒すんのに年齢は関係ねぇか。要は生活が苦しいかどうかってことだもんなあ」

「あの、私、泥棒ではありません」

「誰だって最初は認めねぇもんだ。お嬢ちゃん、続きは署で聞かせてもらうよ」

「署って……」


 ニヤリと愉快げに口角をあげる少女に対し、一姫は口の端をひきつらせる。からかわれているのは明らかだった。

 生真面目で堅い性格の一姫とは、あまりに性格の合わなそうな相手……まさかこの少女が自分の監視対象なのかと思うと溜め息が出そうになる。

 もちろん、生真面目さ故に溜め息はグッと飲み込んだが。


「ところで、お嬢ちゃん。今は何時だ?」

「17時を回ったところですが」

「えぇ、もうそんな時間かよ……ん? なんで時計も見ずに時間が言えるんだ? もしかして、とんでもない体内時計の持ち主――」

「ここに来る前に時間を確認していただけです。申し遅れましたが私、貴方の監視者となる――」

「御堂一姫」


 少女のおちゃらけたような言葉を遮り名乗ろうとする一姫……を、更に遮り、彼女の名を口にする少女。

 そんな少女の手には一姫が鞄にしまっていた筈の中学の生徒手帳が握られていた。


「なっ……いつの間に」

「情報収集だよ。にしても御堂……ねぇ。どっかで見た名前だな」

「私は今日より貴方の監視者となる命を受けています。事前に名前をご存じだったのでは」

「監視者……ああ、退魔省からの。担当が変わるとは聞いてたけどなぁ。でも、事前にどんな奴が来るか、それこそ名前なんか聞いちゃいなかったぜ。退魔省の連中が“退魔師”如きにわざわざそんな手間をかける訳がねぇしな」


 退魔師を妙に強調した、卑屈さを思わせる言葉に一姫は思わず顔をしかめた。

 確かに退魔省という組織は退魔師を管理している。そして、その退魔省が退魔師を“どう見ているか”ということも。

 しかし、だから自分もそうあるべきと納得できるほど、一姫は大人になれてはいなかった。


「ああ、そーだ。監視者殿。今日、これから何か予定でも?」

「……いえ、下宿先へ向かい高校入学の準備を整えるくらいですが。ああ、それと貴方に渡せという書類が――」

「ちょい。そんならよ、飯でも行こうぜ。昨日からなんも食ってなくてよー」


 少女はそう言いつつ身を起こし……何故か怪訝そうに首を傾げた。

 そして突然、自身の豊満に実った双丘を両手で鷲掴む。


「なっ……!? 何をしているんです!」

「あ゛ー……監視者殿。アンタには俺がどう見える」

「はぁ……!?」

「男か、女かだ」

「どう見たって女性ですが……?」

「だよなぁ。ああ、面倒くせぇなぁ……」


 ガリガリと頭を乱暴に掻きながら少女は立ち上がり、部屋に雑に積まれた衣服へと手を突っ込む。

 そしてその中から、退魔師がよく着装する、一般的な装束を手にした。

 全身真っ黒で少しゆったりとした造り……芝居に度々現れる黒子のようだという印象を一姫は抱いた。


「食事って……まさかそれを着ていくのですか」

「変なデザインだよなぁ。全身真っ黒で、ゴキブリみたいだし」

「それは、分かりませんが」


 ゴキブリらしいかどうかはさておき、日常的に着れるような、無難な服装ではないのは確かだ。まるで何かのコスプレのように思える。

 そう視線で強く訴える一姫であったが、少女はそんな彼女の言葉を無視して着々と着替えを進めてしまう。


「そんな目すんなよ。他に着れる服がないんだ」

「服はいくらでも……え?」


 その時、一姫は初めて気が付いた。

 この部屋には女性ものの服が一切無い。全て“男性”のものだ。


「よし、着替え完了」

「あ、あの、この部屋」

「言っておくけど、この服、退魔師に支給される仕事着……通称、退魔装束ってやつなんだ。文句なら上のお偉いさんに言ってくれよ」

「いや、そうではなく……」

「さぁ、早速町へ繰り出すとしようぜ、監視者殿」


 一姫の思考を遮るように、少女はそう声をかける。しっかりと退魔装束を着こなして。

 美少女故に様にはなっていたが、その浮世離れした格好と、そして話を聞いてくれない彼女に、一姫はいよいよ溜め息を吐かずにはいられないのだった。

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