第3話 歓迎会
「さあ、食うぞお! ああ、監視者殿、どうか好きなものを頼んでくれたまえよ。今日は俺の驕りだ。着任祝いってことで」
駅前のファミレスチェーンに入り、嬉々としてメニュー表を眺める少女を前に、一姫は何度目かの溜息を吐いた。
「なんだよ、ファミレスじゃあ不服かい。下賤な店とか思ってたりすんのか? なんかアンタ、お嬢様っぽいし」
「勝手な印象で嫌な人間にしないでください。文句があるのは店選びではなく、服選びです」
「おおう」
「その服、なんとかならないんですか。妙に視線を集めている気がするのですが……!」
見ようによってはコスプレにも思えてしまう少女の恰好は確かに不躾な視線を集めていた。彼女達を席まで案内した店員さえ軽く二度見してきたほどだ。
「今更なんともならないだろ。さっきも言ったけど、他に着れる服が無いんだよ。これか全裸かだ。ああ、ドリンクバーつける?」
「お願いします。……じゃなくて、どうして服を持たないんです。あの部屋にはどうしてか男物の服ばっかり散らばっていて……」
「だって、俺は男だからな」
は、と一姫の口から声が漏れるのを気にすることなく、少女は呼び出しボタンを押し、すぐさまやってきた店員とやり取りを始めてしまう。
「ポテトとほうれん草のソテー。あとミックスグリルのAセット、ライスで。ああ、ドリンクバーは2人ともつけます。かん……御堂さん、注文決まった?」
「え……ああ、ええと、このクリームパスタをお願いします」
少女は一姫に向けていたような粗暴な態度から一転、物腰柔らかく丁寧な口調で注文を告げていく。
実際、殆ど注文のことを考えられていなかった一姫だが、中学時代によく来たチェーン店だったこともあり、頼むメニューは決まっていたのでそこは問題はない。
一姫に同意を取らず、勝手に店員を呼んでしまった少女の行動には内心ムッとしていたが。
(でも、一応は就任を祝ってくれているのよね……? そう言っていたし……)
わざわざ食事に誘ってもらえたのは素直に嬉しい。できれば他のことにも気を遣って欲しいが……そう思いつつ、改めて少女へと視線を戻し――一姫は思わず息を呑んだ。
店員が去った後、少女はじっと静かに、手元のスマートフォンへと視線を落としていた。
しかし、その目つきは先ほどまで一姫に向けていたものとは全く違う――鋭い“殺気”としか形容できないどこか仰々しい雰囲気を放っていた。
「監視者殿」
「え……」
「少し、付き合ってもらえるか。なぁに、飯のことなら心配いらない。熱々の内に……いいや、頼んだもんが出てくるまでにはカタはつく」
「それって……」
一姫の頭にある予測が浮かぶ。
退魔師は遥か昔から、その形を変え、この日本という国の影を生きてきたという。時代に適応してきたと言ってもいい。
そんな彼らにとって、今、表の世界でも主流のデバイスとなっているスマートフォンを活用することは当然らしく、退魔――彼らの敵である妖魔を討つために必要なツール、例えば妖魔を感知するセンサーも、専用のアプリケーションが用意されているとか。
妖魔。その言葉が頭を過った時、一姫は思わず生唾を呑み込んでいた。
「アンタ、その若さじゃあ俺が初めての相手だろ」
「っ……」
「じゃあ、親切な俺がちゃあんと教えておいてやるよ。お前の監視対象が、どんな化け物かってな」
スマートフォンの画面から一姫の方へと視線を上げ、楽しそうに口角を上げる少女。一姫にはそれが酷く嗜虐的なものに思えた。
「さぁ、俺の手を」
「え?」
「まぁ、選択の権利はアンタにある。俺についてくるか、それともここでのんびりコーラでも飲みながら待つか……なんて、待っていればほんの一瞬にも感じない間に決着はつく。でも、俺が消えちまうって可能性もあるな。そうなったら死んだってことだから、ここでの飯代を払ってもらうことになるな」
そんな冗談ともつかないことを言いながら、少女は右手を一姫に差し出した。
一姫は一瞬戸惑った様子を見せつつも、すぐに彼女の手を掴む。
「行きます。当然。それが仕事ですから」
「へぇ……ははっ、面白くなってきた」
一姫の真剣な眼差しを受け、少女は愉快気に頬を綻ばす。
それは出会ってから初めて見る、その少女の年相応な無邪気な笑みだった。
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