退魔師業とラブコメ的高校生活は相性が悪い

としぞう

第1話 新米監視者

「ここ、よね……?」


 御堂みどう一姫かずきはスマホに表示された住所と目の前に映る建物を見比べつつ、小さく独り言を漏らした。


 3月も半ばとなり、彼女が3年間通い続けた中学校を卒業した今日この日。

 彼女は中学を出たその足で新幹線に乗り、関東近郊の京見ヶ浜という町までやってきていた。春から彼女が一人暮らしを始め、そして通い始める高校のある町だ。


 ただし、彼女がわざわざ住み慣れた地元を離れ、都会にある高校に通う理由は、たった一度の人生、それも青春時代を煌びやかに過ごしたいなどという理由では決して無い。


 とこやみ荘。

 漢字で書かずとも陰鬱な雰囲気の漂ってくるそんな名前のボロアパートは、僅かな地震でも起きれば崩れてしまいそうな雰囲気を放っていた。

 一姫はおそるおそる階段を上り、2階の一番奥、204号室の前に立つ。標識には何も書かれておらず、ドアにつけられたポストには溢れんばかりのチラシが溜まっている。


 本当に人が住んでいるのか。そんな疑問が一瞬頭に過ったが、すぐに振り払うとドアの横に設置されたベルを恐る恐る鳴らした。今時珍しい、内線の繋がらないただ音が鳴るだけのものだ。

 ピンポーンと、部屋の中で音が響くのがドア越しにも聞こえてくる。しかし、反応は無い。


「不在……? 住所は間違えていない筈だけれど」


 スマホに表示された住所を見返しつつ、同じメールに記載された約束の日時も再確認する。

 

「17時……うん、合ってる」


 確認している間にも17時ちょうどから1分に時間は進んだが、時間丁度であることには変わりはない。

 メール文には先方もこの時間に伺うことを承知していると記載されている。


(まさか、“着任初日”から嫌がらせでも……? いや、有り得ない話じゃないわね。彼らは私達“監視者”を毛嫌いしているというし)


 それは彼女がこれから着任する仕事について、数少ない事前に聞かされていた注意事項の一つだった。


 退魔師――令和においてそれは伝記か空想の中にのみ存在する……と世間一般には思われている。

 しかし、彼らは確かにこの現代を生き、夜な夜な異世界からこの世界を呑み込まんと襲い来る怪異の類から世界を守っているのだ。


 一姫の役目はそんな退魔師がキチンと正しく働いているか監視・管理するものだった。とはいえ、これが初着任となる。

 まだ中学生の、見習いにさえ至っていない彼女に突然監視任務が降ってきた理由は彼女も分かっていないが、それでもチャンスであることに変わりは無かった。


 彼女には、なんとしてもこの組織の上へと上がらねばならない理由がある。本来大学卒業以降でなければ就くことのできない立場になれるのだ。第一歩は当然早い方がいい。


(試されている、のかしら)


 少なくともここで引けば新米である自分の非になる可能性は高い。

 なにかできることはないかとドアノブへと手を伸ばし捻ると、ドアには鍵がかかっておらず、何の抵抗も無く開いた。


 ゴクリ、と喉が鳴る。

 それが緊張によるものだと彼女自身にも分かっていた。

 しかし、止まることはできない。恐る恐る、なるべく音を立てないように部屋へと上がり、後ろ手でドアを閉めた。

 一姫は僅かに悩んだ後、スクールバックからポケットウエットティッシュを取り出し靴底を拭くと、土足のまま部屋へと上がった。


 万が一、監視対象者が“そういう行為”に及んだ場合、一姫には抵抗する権利がある。立場で見れば彼女の方が上に当たるからだ。

 しかし、それは事後処理の話であって、今この瞬間を見れば彼女はただの中学生女子でしかない。

 自分の身は自分で守る。それは監視者としてのいろはを叩き込んだ教官からも口酸っぱく言われていることだ。


 ぎぃ、と木張りの床が音を立てた。

 六畳一間のこの部屋は玄関からの通路にキッチンが併設され、トイレ、おそらくユニットバスへの扉もついている。

 チラシの溜まったポストの印象とは違い、通路には物一つ落ちてはいなかった。キッチンも整えられていて、当然異臭が漂ってくるなんてことはない。


 対象者の印象が定まらない。

 約束の時間を飛ばし、ポストにはチラシが溜まり鍵も開けっ放しだ。最初はズボラでだらしない人物なのだとイメージしていた。

 しかし、部屋に入れば一転、几帳面な性格を伺わせる。外と中でまるで印象が違うのだ。


「っ……!」


 通路の奥、寝室からほんの僅かのうなり声が聞こえ、一姫は身を竦ませた。

 誰かいる。おそらく部屋の主だろう。

 一姫は咄嗟に口元を押さえた。声を漏らさない為だ。

 バクバクと心臓が音を立てるのを感じながらも、一姫はゆっくり通路を進み、そして寝室へと繋がる引き戸を開いた。


「え……?」


 思わず一姫は呆けた声を漏らした。

 目の前に広がるのは畳張りの部屋。電気はついておらず、窓から夕日が差し込み、室内をオレンジ色に照らしていた。

 部屋の隅で何故か骨董品のように古ぼけた扇風機が、中の部品が欠けているのかカタカタ音を立てつつ首を振っている。

 そして部屋の中央には、


「すぅ……すぅ……」


 規則正しい寝息を立てながらも、パンツしか履いていない同年代の少女がだらしなく眠っていた。

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