第26話 限るものは

 ムステトは武器を変えた後もしばらく彷徨いながら、付近にいるユースルカ兵の殲滅に専念した。元は髪を肩で切り揃えた薄い茶髪の兵士の所有物だった剣は、途中でまた折ってしまったため、現在ムステトはそれとも別の剣を使用している。


 そうして武器を変える度に思うのは、やはり大佐に選ばれた品々の方が握りやすく、振りやすいという事だ。



 どういう原理かムステトにも詳しく分からないのだが、魔法を使い、周りを冷やしすぎると剣が折れやすくなることが分かっている。脆くなるのは剣だけに留まらず、防具や、武具以外の物にも影響する。それらに共通するのはどれも『鉄製』であるということ。


 以前ムステトは研究所の友人に特注の鉄や木、金や銀、銅製の棒を用意してまで実験させられたことがあったため、鉄、及び鋼と反応していることに間違いはない…、と思われる。


 ムステトは一振りだけならば魔力を調整しつつ、剣を冷やさないよう注意を向けることも出来なくはなかった。しかしながらムステトのその制御はまだ甘く、こうして武器を破壊してしまうことも少なくない。

 それ故に、大佐からムステトは『味方をなるべく近寄らせないようにしろ』と言われている。魔法を使用した二次被害によって、味方の装備まで脆くなってしまうためだ。小隊隊員らには前もって言ってあるため、それでも魔法の使に足を踏み入れた場合は自己責任であるとムステトは説いていた。


 世間一般では上質とされる鉄の鎧も、ムステトが身につければ意味のないものに変わる。どう装備しようと、ムステトにとっては重いだけのお荷物であった。

 故にムステトはほとんどの防具を身につけない。必然的に速さ重視、そして負傷しないことを前提とした戦い方が求められた。


 まぁ剣を使わず、己の魔法だけで狩りが出来るなら話は別なのだろうが…、そうはいかないのが世の摂理だ。





 既に敵兵が束になって現れることはほとんど無くなり、ムステトはこうして辺りを練り歩くことでユースルカ兵の残党を狩っていた。

 ムステトが周りを見回ってみると不意打ちを狙われたからか、帝国兵は結構な数が死んでいる。怪我を負ったものも含めれば被害は如何程であろう。しかし第六軍全体からして見れば、そこまでの損害ではないかもしれない。


 とりあえずムステトが現在いる場では、息のある帝国兵は確認できなかった。

 辺りは天幕や、天幕の残骸に視界が遮られて索敵がしにくい。今転がっている帝国兵たちは物陰からかち合った結果、同士討ちが発生して地面に倒れている者も多いのかもしれなかった。残念なことである。


「タルージュ中尉!」


 その時遠方より、ムステトは見覚えのない女兵士から呼び止められた。格好からして敵兵ではないが、誰であろう。単にこちらが忘れているだけだろうか。


「先程の伝令、ちゃんと伝えさせていただきました! あと、借りた剣なんですけど、切れ味良いんでもうちょっと使ってても大丈夫ですか!」


 大分距離を置かれた上で声を張られている。怖がられているのか、それとも魔法行使範囲のことを知っているのか。防具も違うし、自身の小隊に女性隊員が所属していた覚えはないのだが…。


 いや、今はそれよりも。


 ムステトは途中で思考を打ち切ると、女兵士の方へ走り出した。

 右手に抜き身の剣を握ったまま。


「えっっ、ま、なんでこっち来っ、え、ナンデ? 私殺される…?」


 たじろいだ女兵士の言葉は聞き流すムステト。

 一点に集中し、獲物との距離を測る。まだ遠い。その相手に魔法は使用は不可。手持ちの剣は投げるのに向いておらず、外す可能性が高い。ならば別の手。


 届くか。


 あと少し。







 入った。


「ゴ、ハァ゙ッ…!!」


 視界に血飛沫が舞った。


 短髪の兵士が足を宙に浮かせた状態で吐血する。

 人間約三人分が包めそうな程の大きさの氷の上に、男の口から溢れ出た赤い液体がボタボタと滴っていく。


「え。あ、ユースルカ兵…。」


 自身の後ろの光景を見て、女兵士は茫然と呟いた。


 ユースルカ兵の足下には矢が転がっている。先程までその短髪の兵士が構えていたものだ。それは瞬く間に生み出される血溜まりに沈み、ムステトが生成した薄青い氷も、段々と上から伝う液体色に染められていく。

 男の背後では、地面に派手なくらいの赤が飛び散っていた。


 矢を放とうとしていたユースルカ王国兵は壮年であるようにムステトに映った。白髪混じりの髪に、貫く際に見えた顔の皺。

 突如地面から出現した氷に槍のごとく身体を貫かれても、男は弓だけは離さなかった。壮年兵士は腹に大穴を空けた状態で俯き、今の表情は窺えない。


「…さい、……お逃げ、ください…。」


 男からは途切れ途切れに、か細い声が聞こえてくる。


「……ザーク、ラスさま…。ザークーラス、さま…。………どうか。…われら、が、…ユぅ、スルカに……、勝利、を……………。」


 その言葉を最期に、ユースルカの壮年兵士は事切れた。息絶えてなお、男は左の掌に弓を握りしめたままであった。


 見事な忠誠心。そして母国愛である。

 これなら一撃分のギリギリで魔法を放った甲斐があったというものだ。


 これにより、ムステトはしばらく魔法が使えなくなった。時間が経ち再使用が可能になるまでは、剣の腕だけで獲物を狩るとしよう。

 ムステトはそのように考えながら独り言をこぼした。


「ザークーラス…、指揮官の名前でしょうか。探しに向かいましょう。」

「り、了解しました…! タルージュ中尉、私のことを助けてくれてありがとうございますっ。」

「…………はぁ?」

「えっ?」


 ムステトは思わず、本気で困惑した声を洩らしてしまった。

 あのユースルカ兵の矢尻はムステトに向けられていたため、この女兵士は元より狙われていなかった。だからムステトは助けてなどいないし、先程の言葉は命令でもなかった。事実をその通りのままに伝えると、女兵士は恥じたように顔を赤らめる。


「…それで、貴方誰でしたっけ?」

「えっっ。私あの、中尉から剣をお借りしましたアンナという者なんですけど。伝令任されて、その、私中隊長のマカライヤ少佐の部下でして…。」


 彼女が身振り手振りで伝えようとする。

 手に巻かれた包帯に、指先の細かな傷痕。そしてマカライヤという知人の名前…。


「……………………、ああ。自分の天幕を畳もうとなさってた人。思い出しました。」


「い、いやな思い出し方……、じゃなくて。あの時は本当にすいませんでした…。」

「いえ、こちらこそすみません。自分、一部の人間を除いて人を覚えるのが苦手でして。天幕であったこと自体すっかり忘れていました。」

「いやっ、えーとその…、そういうこともありますよねっ。敵襲もありましたし、私のことなんか忘れても仕方ないですよ! ハ、ハハッ。」


 随分と下手な空笑いである。

 この分だと、彼女のことはまた忘れそうだなとムステトは思った。


「それと…、自分からもう少し距離をとっていただくことは可能ですか。そこに居ては少々危ないですよ。」

「あっ、ハイ。」


 少しどころではない距離を彼女にとられる。

 まぁ、それでいい。己の異能の情報がどれだけ敵方に把握されているのか分からないが、アンナが離れることでまだ魔法が使えるというブラフになるだろう。それに何よりも、これで大佐からとやかく言われなくて済む。


 ああ、そういえば。

 この人は数少ない女性の同業者だったな、とムステトは思い至った。


「アンナさん。これは世間話なんですが、アンナさんは自身の父親のことをどう思ってますか。」

「え、嫌いです。フラッと帰ってきては、借金たんまりこさえて戻ってくるようなゴミブタ野郎だったんで。よそで何度か子供作ってきても、私を抱き上げれば機嫌も何もかも全てチャラになると思ってるところが余計最悪でしたね。包丁で切り刻んでやりたいくらい嫌いでした。

 …でも、それがどうかしましたか?」

「いえ、なんでもありません。」


 カラーナを養育する上での参考になればと尋ねたムステトであったが、彼女の父親は参考にしてはいけない例だった。そも、血の鉄臭い空気が漂うなかで、わざわざ振るような話題でもなかったか。

 ムステトは平時のような笑顔を浮かべつつ言葉を濁した。



 また、当初のアンナは何故単独で行動していたのか。それも気になったため尋ねてみると、彼女はただ単純に人と逸れた末に道に迷い、偶然見かけたこちらに声をかけただけだったらしい。

 それで激戦区付近に足を踏み入れる、彼女の運とは何なのか。

 この女兵士はこの後もムステトと行動するつもりらしいが…。


「自分、髪が黒いのですけど大丈夫ですか。黒髪の者は何やら狙われているらしいので敵も集まりやすいと思いますが。」

「はっ、そうでした。」


 彼女は今更気付いたような顔をすると、ムステトへ見事な敬礼を向けた。そして早口に「お互い生き残りましょうっ。」と言い残したかと思うと、逃げるように駆け出していく。

 ムステトは去っていく彼女の背中を、内心首を傾げながら見送るに留める。


「一人で生き乗る自信、あるんでしょうか…。」


 今度の呟きはアンナの耳に拾われることなく、風に紛れてその場の空気に溶け込んでいった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る