第23話 その時、官吏らはようやく知った
「…君たちは、即断するところがよく似ているね。」
「ハ、ハイ…?」
軍団長がこぼした言葉に、スミントスは思わず怪訝そうな面持ちになった。
過去、スミントスを仲介にしてムステトを軍団長に合わせたことはあったものの、それも僅か数回程度。どの時も差し障りのない挨拶しかスミントスは許さなかったはずであり、ムステトが即断を必要とする場面はなかったと記憶している。
「実はここで会議を開くより前に、タルージュ中尉を直接呼び出させてもらったんだ。その時も彼は一騎討ちの申し出を断らなかった。彼があの時迷いもせずに言ったのは、君がそう答えると分かっていたから。わざわざ相談する必要もないということだね。」
まったく、羨ましい限りだと小さく呟いている軍団長であったが、その時、スミントスの耳に軍団長の呟きは全く入ってこなかった。
そのような報告、スミントスは受けていなかったからだ。
スミントスでさえ一騎討ちの申し出について会議が始まる直前に耳にし、度肝を抜かれたというのに。まさかアイツ、勝手に答えたのか。しかも事後報告もなしか。
よし、ヤツの嫌いな報告書を増やしてやろうとスミントスは決意した。そして一騎討ちの件を断ってやろうとも。
歯止め役がいない時、ヤツは本当に碌なことをしない。
つい最近なんて、ヤツは平民の子供なんぞ拾ってきて養子に迎え、スミントスはムステトが死んだ場合の後見人役まで約束させられた。高い依頼料をもらえると言うから、ムステトを少しばかり魔術研究所に貸し出した結果がこれである。
研究所の連中からは『魔術師の人材確保のためにムステトの魔力感知能力が必要なのだ』とか言われていたが、本当に役に立ったのだろうか。ヤツに聞けば研究所の要望により、リフデン方面にも向かわされたと言うし。聖教会関連で揉め事を起こしていなければ良いのだが…。
後々、迷惑料を請求されるのは御免であるとスミントスは考える。
やはり見張り役のレウィスには、一刻も早く復帰してもらわねばならない。
今回レウィスが怪我の治療費を惜しみ、自然治癒に任せてしまったことが悔やまれる。本人からの申し出さえあれば、治療魔術の予約をとり、治療費の立て替えだってしてやる気がスミントスにはあったというのに。
例えレウィスがクリムゾルフ家の息のかかった者でも、有能な人間は活用すべきだ。
一騎討ちについて、スミントスはムステトが負けるとは思っていなかった。
しかしヤツの能力はまさに金のなる木。もし万が一、死なれてしまっては大損害である。
スミントスはムステトへの嫌がらせを多分に含め、『ユースルカ軍を殲滅することで帝国の威光を示さねばならない』という名目さえ携えて、一騎討ちは反対である、と口を開こうとした。
「一騎討ちを引き受けてくれる君たちの隊には報奨金を支払おう。中尉が逆賊ゴーエンを討ち負かした暁には、私が更なる報奨金を直々に用意し…」
「軍団長、是非に任せてください。必ずや我が部下ムステトが、一騎討ちにて元少将ゴーエン閣下を討ち取ることでしょう。」
キルシュテッド・スミントス大佐。
彼は重度の守銭奴であった。
「おお…。」
高らかに宣言するスミントスの姿に、周りの武官が感嘆の声を洩らす。
「伝令、伝令! 会議中失礼致します!」
そんな時、官吏らが集まる場に緊急の知らせが入った。
なんと、休息をとっていた帝国軍第六軍東側の陣営にて、ユースルカ王国兵による奇襲が行われているという。
東側には近くに森が面しており、敵兵がそこを抜けてきたことは明白だった。
「なんだと! ユースルカめ、一騎討ちを要請しておいてなんたる礼儀知らずか!」
丸刈りの師団長が思わずといったように立ち上がる。そこはその師団長の率いる兵士たちがいる場所であったからだ。
丸刈り師団長の下に属しているスミントス大佐。彼の部下も例外ではない。
ムステト・タルージュは、襲撃を受けているその場にいるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます