第21話 それは利か感情か
時間はムステトが軍団長のもとを去った後、彼が自身の天幕にてマカライヤと歓談を始める少し前に巻き戻る。
帝国軍第六軍。
これをまとめるのは軍団長であるサーキシス中将である。初老の軍団長は、この時本営にて緊急会議を開いていた。その場に集まっているのは武官たる上級士官たちと第六軍の文官たち。
会議は開幕から湯気が上がりそうな程白熱し、武官の多くは激昂していた。
「一騎討ちなど受ける必要はない!」
「そうだっ。恩知らずのユースルカ王国なぞ、このまま兵力差で押し潰せば良い!」
「ゴーエン少将は何を考えているのか。ユースルカに手を貸し、ましてや帝国に剣を向けるだなんて…!」
ユースルカ王国は過去の魔獣騒動の際、小国ゆえに甚大な被害を被っていた国である。畑は荒らされ、民は殺され、国を持続させる力さえも覚束なくなった当時のユースルカ王国は、スニスヴェルカ帝国の属国に降ることで国家の崩壊を免れた。
しかし、そんなユースルカ王国が今になって反旗を翻している。
兵力を貸し、人材を貸し、食料も分け与え。蘇芳隊どころか紅蓮隊の魔術師すら派遣して帝国民はユースルカ王国民を助けてやったいうのに、魔獣の被害が収まった途端手のひら返しか。そんな恩知らず共は徹底的に切り捨て、叩き潰すべきだ。
武官たちの主張はこれに尽きた。
「いいえ、この一騎討ちは受けるべきです。」
一方、そのように主張しているのは文官である。
彼らは第六軍における、現場の兵站をまとめる立場を担っていた。第六軍の全体の被害や兵糧の残量などを記録に残し、軍団長に必要物資等を進言するのがこの場の文官たちの役目である。
「第六軍の兵糧には余裕があります。謀反者を出してしまったとは言え、我らが帝国は寛大です。直ちに討ち取る旨を示し、本部に申請を送れば更なる物資を用意することも可能でしょう。」
だったら、ならば、と武官らの声が上がる。
「なればこそ、ここは一騎討ちの申し出を受け入れ、兵糧の消費、及び第六軍の被害を最小限にすることが最善と考えます。」
「何をぅ…? 貴様はこのまま攻めれば我らが負けるとでも言いたいのか!!」
同じ少将の立場にあったゴーエンが裏切ったことにより、この師団長は武官の中でも特に気が立っていた。威圧的な態度に呑まれることなく、文官たちの代表として一人立っている金髪の男は、凛とした佇まいを崩さずに言った。
「それはあり得ません。しかし、このままでは冬が来ます。」
「冬…? 今は秋が始まったばかりだというのに、何を言っているのか!」
その頃には戦の決着などとうに着いておるわと鼻で笑う師団長に、他の武官が付随する。それにその文官は、ほんの少しの焦りを滲ませながら発言した。
「そもそもの前提が可笑しいのです。秋は穀物の収穫をせねばならない繁忙期。国力が違う帝国ならともかく、ユースルカ程の小国が今まで引かなかったことに私は納得がいかない。」
「ほう…?」
「戦のことなど私には分かりませんし、ましてや今のユースルカ王国の実情も私には分かりません。しかし、このままではユースルカを解体し統治下に置いたとしても、得られる利益は雀の涙であることは断言できます。
一騎討ちを受け入れれば、それによって生き残ったユースルカの民を帝国のために使うこともできましょう。また、余裕ある兵糧は、余った分をそのまま冬の蓄えにでも回せばよろしい。」
誰にも見えない冷や汗を背中に感じながら、しかし前だけを見据えて文官は口を開く。
「涙の利益でも一滴にするか、三滴にするか。これは全体を通した帝国のための発言です。どうか、ご検討ください。」
そうして言葉を締めくくった金髪の文官は、軍団長に深く頭を下げると席に着いた。
それに帝国軍第六軍団長たるサーキシス中将は沈黙している。
「…軍団長。」
文官の芯のこもった言葉を聞いてか、少し冷静さを取り戻した先程の師団長が言う。
「一騎討ちを受けることで生まれる利については、この者のおかげで理解はしたつもりです。…しかしながら、儂にはどうしても納得がいかんことがあるのです…。」
口元に蓄えた髭の隙間からは、ギチギチと歯を噛み締める音が聞こえる。
「何故、何故ゴーエンからの一騎打ちにあんな若造の名が指名されているのか…!」
一騎討ちとは、名のある将同士が一対一で刃を交えて決着をつける、この大陸の太古から伝わる名誉ある勝敗の付け方である。
謀反者自らが指名してきている時点で図々しく、今までにない程腹立たしいというのに、その指名相手が前代未聞の中尉とは。それも、少将の位からは五つも下の階級である。
「中尉とはいえ、儂はあやつの強さを分かっているつもりです。やつの立場は特殊ですし、成人してから三年程度の身であの実力…。異能の能力も込みで認め、強者であることに間違いはないでしょう…。」
師団長は今にも爆発しそうな怒りを抑えつけ、肩を震わせる。
しかし、男の我慢の限界はすぐに来た。
「けれど!!」
いち師団長に過ぎない男は声に合わせ、目前の机に大きく拳を振るった。辺りには木の板と人の拳が強くぶつかり合う音が響く。
「何故儂らでなかったのか! 儂らではいかんというのか!!」
それは誇りの問題であった。
古くからの馴染みに裏切られ、その激怒の感情をぶつけようにもゴーエンは別の者を指名している。情もある。仲間として苦楽を共にしてきた思い出もある。だからこそ、悔しさと憎しみが競り上がってくる。
師団長のギラついた目は分かるだろうと、軍団長サーキシスに訴えかけていた。
「……。」
サーキシス中将は深く、とても深く目を瞑った。
分かるよ、と言いたかった。
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