第16話 『量』を選んだ結果
「…まったくもう、せっかちだなぁ。」
そんな幻聴とともに、乱雑な音を立てて上から何かが降ってくる。
ドサドサと落ちるそれに、メリルは目を瞬かせた。
(…蛇のおもちゃ?)
それらはメリルとルークに当たることなく、いじめっ子四人に降りかかっている。足元に転がっていたのは、以前彼らを退かせる時に使ったのと同じもの。メリルは目の前の一つを手に取った。落ちてきたもの中には木の葉や木の枝なども見て取れて、いじめっ子たちの頭に引っかかったりしている。
「う、うわあ!」
「落ち着け、ただの偽物だってっ。」
少年らは突然のことに動揺していたが、互いに呼びかけ合うことですぐに冷静さを取り戻す。そして大きく辺りを見渡して…これを引き起こした犯人をその視界に捉えた。
「てめえ、タルージュ!」
気づけば、メリルと同級生であるカラーナ・タルージュが小屋の上に腰掛けている。苔むした屋根からぷらぷらと足を揺らし、彼女は飄々とした表情でこちらを見ていた。
「逃げないの?」
蛇なのに、とカラーナはこちらを見下ろし首を傾げた。
メリルはそれを見て焦りの感情が生まれる。彼女はこの少年たちにいじめられていた。仕返しに来たのだろうとすぐに分かる。彼女の傍らにある木箱がその証拠だった。
カラーナは学校に編入してきた頃から頭が良かった。彼女は初日から自分の名前を間違えたかと思えば、メリルにも解けないような問題をスラスラと答える。ちぐはぐな印象を受ける不思議な子だった。
メリルは最初、カラーナに対して憤慨の気持ちしかなかった。
彼女はメリルの持ち合わせていない自分の姓を大事にしていない、ルークの気遣いを無下にする、その上で間違えることなく正答を出して……メリルのルークをとってしまった。
意地っ張りで負けん気も強かったルークは恥をかいたことにより、彼女にぐいぐいと関わるようになった。彼はわざと名前を間違えてカラーナに話しかけては、カラーナはそのたびに迷惑そうに顔を顰める。次第に彼女がルークを無視するようになると、その反応にルークはさらに躍起となっていく。
その所為でルークと話す時間が減ることになったメリルは、カラーナに嫉妬した。
何故かカラーナが魔術師を知らなくて、彼女がこの四人から酷くバカにされるようになっても、メリルは彼女を助けなかった。正直、いい気味だと思っていた。
私のルークを取るから、と。
「は、残念だったな! だーれが偽物だって分かってて逃げるんだよっ。」
「上から見下ろしてんじゃねえ!」
「降りてこいよ!」
先程までルークに殴りかかろうとしていた少年が、転がっている一つを彼女に投げる。投げ返されたそれはカラーナに当たることはなかったが、頭に当たったら大変である。高さはそこまでないとは言え、あそこから落ちたら怪我をするかもしれない。
「ち、ちょっと、やめなさいよ…!」
身体を震わせながら、勇気を振り絞ってメリルは怒鳴った。
自分にも投げられるかもしれない。そう考えながら声を出すのは、校舎裏で怒鳴ったあの時よりもずっと勇気のいる行動だった。
カラーナは、以前もメリルを助けてくれた。
教室に少年たちによって蜥蜴や蛙がばら撒かれた時、よりにもよってメリルの前に大きな蛙が飛びかかってきたことがあった。
蛙はメリルが一番苦手な生き物。そのあまりの恐怖にメリルが逃げることもできず固まっていた時、さっと現れたカラーナはメリルを即座に救ってくれた。彼女はメリルに飛びかかってきていた蛙を庇うように受け止めると、すぐに窓から放ってくれたのだ。
自分は彼女が困っている時何もしなかったのに、メリルが困っている時、カラーナは自分を助けてくれた。
その事にハッとしたメリルは、今まで自分がとても恥ずかしいことをしていたことに気が付いて、情けなくなった。こんなんじゃ、お父さんやお母さんみたいな文官にはなれない。良い文官になるにはみんなに公平で、誠実な人じゃないといけないのに。
…いいや、文官以前の問題だ。
人として自分は情けないことをしていたんだと、メリルは自分自身が許せなくなった。
だからメリルは遅くなりながらも、あの日彼女を助けようと少年たちの前に立ち向かった。
そしてカラーナは、今もメリルを助けようとしてくれているのだ。それに応えたくて、メリルは頑張った。
「ぁあ? うっせーぞメリル。お前もこれ投げられてぇの…」
「痛ってえ!」
そんな時。メリルを睨みつけてきた少年の台詞を、別のいじめっ子の悲鳴が遮った。
足元の物を手当たり次第投げ返そうと探っていた少年たちは、なんだなんだと悲鳴を上げたその子へと視線を向ける。
「やばい、これっ、本物の蛇が混じってる!」
(え!?)
その言葉を聞いて思わずメリルも動揺した時、他のいじめっ子たちからも次々と悲鳴が上がり始める。
「うっ!」
「いて!」
「俺も噛まれた!」
いじめっ子四人が痛みによって顔を歪め、噛まれたのだろう足首や腕を手で押さえた時、それらをずっと上から傍観していたカラーナは何かを言った。
「あーあ。全員噛まれちゃったんだね。かわいそうに。」
彼女は同情なんて微塵もしていなそうな声を上から洩らす。
その後は、ルークに強く手を引かれてその場から離れたために、メリルはその後のことを何も知らない。
カラーナは残り、少年たちも残っていたのは確かだった。
そして翌日から、少年たちによるいじめはぱったりと無くなっていた。
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