第14話 否定をしない


 学校でタイドリーによる思わぬ足止めを食らっていたカラーナは、レウィスと待ち合わせている場所へと急いで向かった。

 カラーナが普段より少々遅れながらもその場へ向かうと、そこにはいつも通り待ってくれているレウィスの姿があった。彼は近場の柵に凭れかかって待ちぼうけている様子だったが、近づいてくるカラーナの姿を見とめると、少し驚いたように目を丸くする。


「お前、今日も来たのか。」


 口からそんな言葉をこぼしているレウィスに、カラーナはこてんと首を傾げる。


「どうして? 来ちゃダメだったの?」

「いや、昨日はあんなことあったし…、流石に来ないと思っててさ。一応待ってたけど…。」


 彼は気まずげに頬を掻いている。

 昨日のレウィスはとんだ見当違いのことを言ってきたが、たったそれだけのことでカラーナが無断欠勤をするはずがない。ただ、今日と明日は別の理由で休みをとりたいと思っている。だからカラーナは、ここまで断りに来たのだ。


「それなんだけどね、レウィスさん。待たせてたところ悪いんだけどさ…」






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「…一応、一応話は分かった。ただし俺は手伝わないからな。」

「そこは期待してなかったから別にいいよ。」


 ばっさりしたカラーナの言葉に、彼はがくりと肩を落とした。ちょっと傷ついてしまったらしい。

 でも、元々レウィスの仕事は学校とは無関係なのだし、むしろカラーナとしてはこうしてレウィスとの訓練を休むことになってしまったことの方を残念に思う。レウィスが今事実上の戦力外通告を受けたとしても、落ち込む必要など全くないのだ。

 これは子供同士の、ちょっとした小競り合いにすぎないのだから。



「…あと、ほんとに良いんだな。明後日から増やすことにして。」

「もう、レウィスさんたら。私から言ったことなのにまた確認とってるや。匙加減はレウィスさんにおまかせだから、そこはよろしく。」


 話し合いの結果、明後日の訓練からはいつもの走り込みに追加し、カラーナは受け身の取り方なども教わることになった。腕立て伏せとか、状態起こしとか、そういうものも増やすらしい。

 レウィスはそのことを心配しているのだ。


 カラーナも、今までのように体力を鍛えることは大切だと考えている。しかし走っているだけでは足りないのではないかという思い自体は大分前からあったのだ。その上でカラーナは、ずっとレウィスの指導を受けていた。


 けれど今日のことでタイドリーにまで“考えなし”と思われていたことが発覚し、少々腹が立ってしまったカラーナは、休みの話とともに訓練追加のことも持ち込んでみた。

 最終的にレウィスはどっちの話にも頷いてくれたのでよかったと思う。



「それにしても…、お前はほんとに仕事一直線だな。俺は、ある意味お前が羨ましいよ。悩みとか一つもなさそうで。」

「なんか失礼な言い方だね…。私も少しぐらい悩みはあるよ。ただ、それ以上に仕事をするのが好きなだけだもん。」

「へぇ、お前にも悩みなんてあったのか。それ聞いても大丈夫なやつか?」


 意外そうに尋ねてくるレウィスに、カラーナは少しだけむっとした。

 その悩みとは別段隠すようなことではない。けれど、声に出して言うことにちょっとした抵抗があったカラーナは、照れ臭さを滲ませながら間を溜めて答える。


「………ムステトが帰ってこないこと…。」

「へぇえ〜、意外…というよりかは当たり前か。だってお前、知らない土地につれて来られて、着いたと思ったら早々いなくなられて、ほっぽかれて…。改めて言うとすげぇ散々だな。俺だったら速攻で愛想尽かすぞ。尽かしただろ。」


「だからあのクソ中尉の養子と部下やめとかないか。」と、レウィスは畳み掛けるように言ってくる。

 その誘いに、カラーナは笑いながら首を横に振った。


「あいにくのところ、今は転職する気ないんだよ。お気持ちだけ〜、ってやつにしとくね。」



 それにムステトは、カラーナの“仕事”へのこだわりを聞いても否定することがなかった大人なのだ。それを理由にするのはおかしいだろうか、とカラーナは思う。




 自分のその思考は、周りの大人からは否定的に思われることが普通なのだということをカラーナは知っていた。


 カラーナが“仕事”について話しても、今までいた周りの大人は『子供は遊んでいればいいんだ』とか、『仕事中心だなんていう貧相な考えはしなくていい』だとか、なんにしろ、まず「その考え方はおかしい」という前提から入ってくることがほとんどだった。


 昨日のレウィスの発言もその大人たちの仲間に入りはするのだが、レウィスは詳しく説明するうちに、なんだかんだ折れてくれたのだからまだいい。


 でも、その大人たちの中には無理矢理押さえ込むように、ダメだ、ダメだと、カラーナに教えこもうとする大人もいた。

 番頭夫妻なんかがそれにあたった。


 カラーナにとって、そういう大人たちと関わるのは苦痛だった。

 同じ言葉で話しているはずなのに、まるで話が通じない。


 その大人たちに言わせれば、それら全てはカラーナのために言ってあげていることだそうで、それらを理解しない、合わせようともしないカラーナの方がおかしいのだそうだ。カラーナに常識とやらを教えようとしているだけで、カラーナのような考え方はやめなければならないのだと。


 そうやってすげもなく、否定されることを繰り返すのは悲しくなることも多かった。

 

 でもそんな中、ムステトだけはちょっと違ったのだ。

 ムステトは普通じゃなかったから。






 今回の出兵はムステトにとっても急であったようだったし、仕事に向かっただけのムステトを責めるつもりはカラーナにはない。思うところが全くなかったわけでもなかったが、駄々をこねて引き止めようとまでは思えなかった。仕事というのは大事だから。


 それにローシンシャをしばらく留守にすると伝えてきた時のムステトは、カラーナが少しばかりそばで見てきた間の中で、一番機嫌がよさそうにしていた。


 ムステトはいつも貼り付けの、お面のような笑みを浮かべているので感情の変化がわかりにくい。だが、そんなムステトからその時だけは、わくわくしているような、何かを楽しみにしているような、そのような雰囲気がはっきりと伝わってきたのだ。


 酷く楽しげなムステトの姿を目撃したカラーナは、ふと、その男が馬車の中で『カラーナの“仕事”と同じように、自分は“狩り”を大切にしているのだ』と語っていたことを思い出した。

 そして、その“狩り”とやらが今回の出兵に関わっていているのだろう、と何となく勘づくことのできたカラーナは、快く、戦場へと向かうムステトのことを見送ることにした。



 カラーナは、ムステトの“狩り”とやらを詳しく知らない。

 そのうち詳しく知るようになったとて、カラーナはムステトの完全な理解者とはなれないかもしれない。


 けれど、ムステトがカラーナの“仕事”を否定しなかったように、少なくともカラーナも、“狩り”を否定しない、邪魔しないように、と思ったのだ。





 ─────それは傍から見れば、どちらも異端であることに変わりない。



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