第11話 片鱗を覗かせ

「ねぇ、レウィスさんはなんで治療魔術を受けなかったの?」

「は?」


 体力作りの合間の休憩時間。

 学校が終わり指導を受けに来たカラーナがそう尋ねると、目の前のレウィスは「突然なにを」と言った風に見返してきた。


「いきなりなんだよ。治療魔術なんて俺が受けられるわけないだろ?」


 その言葉にカラーナはちょっとだけびっくりして、「あれ、そうなんだ?」とレウィスに聞き返す。それにレウィスはさも当然事のように頷いた。


「ああ。治療魔術を受けるには引くほど金がかかるし、やってる場所も限られてる。そもそも、今回の怪我はそこまで酷くなかったからな。受けようとしたって、受けるまでの順番待ちの間に普通に治ってたと思うぜ。今なんかこの通りピンピンだし。」

「へぇ、なるほど…。」


 治療魔術。完治までに数週間かかるような怪我も一瞬で治せるなんて便利なものだと思ったが、便利な分、気軽に受けられるわけではないらしい。


 学校で先生から聞いたところによると、元々先にあったのはリモデウス教の白玖はく聖術の方なのだそうだ。治療魔術というのはカラーナが産まれるより前ではあるが、結構最近になってから生み出された技術らしい。



 白玖聖術は、人の病気や怪我を癒すことのできる力である。治療魔術では怪我しか治すことができないので、効果だけ見れば白玖聖術の方が上ではある。


 しかし、白玖聖術を受けるには聖教会への高い“お布施”と、リモデウス教の“敬虔な信徒”であることを証明する厳しい審査を通る必要があり、『よっぽどでないとおすすめはできない。それよりも大怪我を負った場合は帝国で治療魔術を受けた方が良い』のだと学校の先生は言っていた。

 何故なら帝国民は魔術師と協力して治療魔術を生み出したことにより、『神のご慈悲(白玖聖術)を模倣した』とリモデウス教徒から悪感情を持たれている。そのため、リフデン王国へ白玖聖術を受けに行ったとしても、“敬虔な信徒”だと中々信じてもらえないからだそうだ。


 でも、レウィスの言葉によれば結局お金がかかるのは同じらしい。

 だったらそんなに変わらないな、と心の中でカラーナは思った。レウィスはそのあたりにうるさそうなので、心の中だけに留めておく。




(…あ。)


 そんな中、カラーナの視界にとある草むらが目に入った。

 カラーナはしばらくじっとそこを見つめると、徐に近づき、その草むらの中を漁り出した。


「え、なにやってんの。」

「蛇探してる。」


 突然しゃがみ込んで草むらに両手を突っ込みだしたカラーナを見て、レウィスは「お前、意外とわんぱくなのな…。」と少し引いたような顔をした。その姿は、心なしかいつもより遠い。


「あ、いた。」


 噛まれることのないよう、カラーナが頭を固定した状態で蛇を草むらから引っ張り上げると、更にするすると距離をとっていくレウィス。カラーナはそれを見て、ああ、この人は蛇が苦手なんだな、と勘づいた。

 それならばちょうどいいと、カラーナは彼の前に右腕を掲げる。その腕には、彼女の指二本分ぐらいの斑模様の蛇が巻きついていた。


「うわっ、バッカお前近づけんなよ。」

「レウィスさん、蛇嫌いなんだね。これ、顔に投げつけられたらどう思う?」

「は? 正気か??」


 レウィスは途端、信じられないものを見たような顔をして後ずさる。


「なんで確認をとった上でそんな無慈悲な発言が言え、………待て、投げるなよ。マジやめろ。俺にそいつを近づかせるな。」

「怖いの? すごく嫌?」

「反応見て分かれよ! 嫌に決まってんだろ!」

「トラウマ級? 夢に出るくらい?」

「し つ こ い ! 来るな!」


 ようやくカラーナが元いた草むらに蛇を逃したところで、彼は少しだけ少女のところへ戻ってくる。その表情には、何やら気落ちしたような感情が強く残っていた。


「俺、なんかしたか…? 実はお前に嫌われてたのか……?」

「レウィスさんは嫌いじゃないよ。ただ、私のこと揶揄ってくる子たちの何人かが蛇嫌いだってわかったから、参考にしたくって。」

「そんなバカみたいな子供同士の諍いに俺を巻き込むな……。」


 レウィスが意気消沈しているように見えたので、「ごめんなさい。」とカラーナは素直に謝った。


「だってその子たち、授業の…、私の仕事の邪魔してくるんだもん。蛇を贈ったりして嫌がることしたら、もう私の邪魔はしなくなるかな?って思ったの。さっきの蛇じゃちょっと小さかったから、もっと大きいの見つけた時にはレウィスさんにも見せてあげるよ。」

「追い討ちじゃねぇか…。」


 そんなもの見せなくて良いと、レウィスは力なくふるふると首を横に振った。


「しかもまた “仕事” 絡み。お前ほんとそれだよな。」


 そして、大きな溜息を吐く。



「仕事なんて、食うため稼ぐためにそのうち嫌でもするようになるんだから、子供のお前はそんなのにこだわらなくて良いんだってば。あの人の養子になったんだし、今は金に困ってるわけでもないんだろ? 俺はあの中尉になんて言われたのか詳しくは知らねぇけど…、」


 レウィスは頸をさすりながら周囲を見渡す。

 そして、彼は付近に人がいないことを確かめた上で声を潜めた。


「正直、お前に兵士の訓練受けさせようだなんていうアイツのこと、俺はクソだと思ってる。」


 吐き捨てるように言ったその時のレウィスは、何故か今までにない程真に迫っていた。


 彼は心配しているのだろう。

 常盤色の眼差しは普段より翳りながらカラーナに向けられ、その瞳はカラーナを見ているようで何処か別のものを映している。

 カラーナは経験上、“誰か”に重ねられているのだろうとすぐに察した。


「…今なら、アイツがいないから逃してやれる。俺ならツテを使って信用のおける孤児院の紹介もできるし、脅されてるんだとしてもなんとかしてやるよ。だから、仕事だなんていってアイツの命令になんか従わなくたって…」

「あっはは! わかってないなぁ、レウィスさんは!」


 そんな心配籠る声を途中で遮り、カラーナはレウィスの言葉を笑いながら一喝した。


「…は?」


 途端冷や水を浴びせられたように固まったレウィスは、笑う少女を凝視する。

 今度の瞳はちゃんとカラーナを映していて、翳りの晴れた緑の目からは、個人として認識されていることが確認できた。


「脅されてるとか、レウィスさんは面白いこと言うんだね。勘違いさせてるみたいだから言うけどさ、“仕事”っていうのは元々ムステトが私に合わせた言い方なんだよ。脅しとか、そんなの無い無い!」


 まだ状況が理解できていない様子のレウィスを面白げに眺めながら、「まったくもう、びっくりしちゃった!」と、カラーナは子供らしい声できゃらきゃらと笑った。


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