19.耳たぶ

 中秋の名月。その日に僕たちは台所で団子を作っていた。


「今年は市販のものではなく、作ります!」


と言われた時の衝撃は忘れがたい。


 着物の上から割烹着を着て準備をしている彼女は、やはり女性なのだなと思った。

いや、普段はそう思っていないというわけではなく、むしろ意識してしまって困っているほどだが、台所に立つ女性というのは、どことなく母性を感じる。

 僕の母は事故で亡くなっているために、余計に母性を求めているのかもしれなかった。


「耳たぶくらいの柔らかさでお願いしますね」


「よく使われる表現だが、なかなか難しいと思わないか」


「まあ、そうなんですけど」


「料理中に耳たぶを触ったら手を洗わないと汚いと思わないかい?」


「そうですね」


 料理をする上で苦手なのが、こうした表現だった。体の一部を使った表現は確かにその状態をわかりやすく伝えられるとは思うが、場所が場所である。


 僕はしばしばこうした表現について思考することがある。それについて彼女が掘り下げることもあれば、誰も考えないと一蹴されることもある。

普通の人間はそういうことを考えないのだろうかと思っていると、やはりそうらしかった。


「このくらいか」


「そうですね、これで。あとは棒状にして、切ってそれを丸めます」


「案外簡単にできるものだね」


 粉だったものが水と混ざり、まとまって丁度良さそうな柔らかさになった。あとの工程は彼女がやるらしいが、もうしばらく眺めていたい。


 またこうして料理をするのも悪くないなと思った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る