⑧簪と櫛

 簪や櫛が求婚の贈り物だというのは、江戸時代にあった風習で、苦労するときも死ぬ時も一緒にいたい、といったような意味があるものだ。


 最も、櫛の響きは「苦労」や「死」を連想させるため通常の贈り物としてはよろしいものではない。明らかに櫛であっても、名目上は簪と書き換えることもあったという。

 江戸時代といえば、女性は日本髪を結っていたため櫛は飾りであった。


 そんな知識をあの時彼女が持ち合わせていたのだと、初めて知った。和装をこよなく愛した彼女のことだから、知っていてもおかしくはなかったのだが。


 僕が資料として買っていた着物に関する本をこっそり読んでいたのは知っていた。


 初めての給料日の後、古着屋に行って買ってきたという袖が長めの着物と袴は毎月増えていき、月の半分は袴で来ていた。

動きやすいという利点もあっただろうが、この屋敷は大正時代で時が止まってしまっているような場所だったから、とても似合っていた。



 おかげで大学の卒業式の季節になると、彼女が歩いてきたのかと思って何度も振り返って見てしまった。



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