15.漆の櫛

 ある秋の昼下がり、買い物に行っていた彼女が帰って来たが、様子がおかしかった。


「何かあったのかい?」


「いえ、あの、ありました。でも、先生に言えることでもなくて、今日は早退させてください」


「いいとも。言えるようになったらいつでも言いなさい。僕はそれなりに暇だから」


「ありがとうございます」


 そのままフラフラと荷物を持って帰って行った彼女はやはり不自然で、首をかしげた。体調が悪いというよりは、何か衝撃的な出来事があったような感じがした。

 ふと見た先に、和菓子屋の袋と別に何か箱が落ちていた。箱の中身が出てしまっているようなので仕舞おうとした。


 綺麗な装飾が施された、漆塗りの櫛だった。


 明らかに贈答用の箱、高級そうな仕上がり、もう一つ転がっていた指輪の箱らしき箱。つまり、彼女は誰かに求婚されたことになる。


 一体誰が。そんなことは三流探偵でもわかる程明らかだった。和菓子屋の若旦那だ。彼女が交際していたという話は聞いていないが、聞き出そうとも思わなかったし、聞きたくもなかった。




「ごめんなさい、私忘れ物をして・・・・・・」


 そこまで考えたとき、バタバタと慌てた様子の彼女が戻ってきた。櫛を箱に戻して、指輪の箱と一緒に渡した。


「忘れ物はこれかい?」


 違うと言って欲しかった。


「そうです。私、その・・・・・・」


「和菓子屋の若旦那に求婚された」


「そう、です」


 嫌な推測まで当たってしまい、また慌ただしく出て行った彼女を追うことすらできなかった。

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