12.回覧板
「先生、回覧板に書いてあったんですけど、月末の土日に近所の神社でお祭りがあるみたいですよ」
「おや、もうそんな時期か。この前初詣をしたと思っていたんだが」
「年齢を感じる発言ですね」
季節が過ぎるのは年々早くなっていくが、正月にその神社で巫女をしている彼女に出くわしたのは強烈な記憶だ。祭りの巫女にはかり出されていないのだろうか。
「今年はお祭りの日に別の人が巫女をしてくれることになったので、大丈夫です」
「成る程。浴衣を新調しようかと思っているんだが、君も一緒に行くかい?」
もちろん、君の浴衣も僕が払うから。と言えば飛びついてくるのは目に見えていた。
「もちろんです!」
「それなら今から行こうか。早く仕立ててもらうにはギリギリの日程だが」
案の定、飛びついてくれたので早速出かけることにする。新しい浴衣が欲しいというのは方便で、彼女が気兼ねしないように言っただけだが、まあたまにはいいだろう。
「いらっしゃいませ」
彼女が贔屓にしている呉服屋は駅ビルに入っている呉服屋で、洋服を扱う店と変わらないような気軽さのある店構えだ。
「こんにちは~。鈴木さんいます?」
「こんにちは。あら、今日は?」
彼女の担当らしき女性がやってくると、ニヤニヤとし始めた。
「やだなぁ、ほら、私がお手伝いしてるところの先生ですよ~」
「そうでしたか。失礼いたしました。ところで今日は?」
「「新しい浴衣を」」
同時に言ったため、その後も何やら生暖かい視線を感じたが、接客には問題なく、納得のいく浴衣を仕立てることができそうだ。
彼女の浴衣の生地選びは時間がかかっていた。
「値段なら気にしなくてもいいから、好きなものを買いなさい。帯も良いのがあれば買うと良い」
最終的に紺色に色とりどり朝顔が入った生地にし、帯は博多織の夏物の半幅帯にしていた。前から博多織の帯が欲しいと言っていたし、遠慮せずに選んでくれたのだろう。
クイック仕立てというオプションが元からついている生地だったようで、2週間ほどで仕立て上がるとのことだった。
帯だけ袋に入れてもらい、会計を済ませて店から出た。
「ありがとうございます。こんなに良かったんですかね・・・・・・」
「夏のボーナスだ。現物支給だが」
「一番嬉しいですよ!」
無邪気に喜ばれては、全くこちらの心臓に悪い。何か悪いことをしているような気持ちになった。
自分よりも一回り年下の女性に物を買い与えて、それで満足するような、愛人じみた何かを感じた。結婚したこともないが。
また仲間にからかわれるなと思いながら、今日も着物の似合う君を見つめていた。
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