⑥まとも
入院を勧められて拒否してから少し経った。友人に半ば無理矢理連れて行かれていた病院にもなんとか自分で行けるようになり、多少睡眠も楽になった。
どうしても起き上がれない日はあるが、そんなものなんだそうだ。この状態を彼女に知らせることは避けて欲しいと友人にも出版社にも伝えていた。
彼女に会ったら良くなるのではないかと考えていた時もあったが、それは到底難しい話であるとわかっていた。まず必ずしも好転するとは言えないこと。次に、人妻となってしまった彼女を見ることに耐えられない可能性があること。最後に、おそらく人生の中で一番良かった僕を知る彼女にショックを受けて欲しくないこと。
「まとも」ではない自分を他人に知られることがこんなにも嫌だっただろうかと、学生時代にまで思いを巡らせた。
実はずっとまともではなかったのではないか。
そもそもまともとは何のことなのであろうか。朝起きて満員電車に乗り会社に行って8時間の労働をすることだろうか。昼過ぎに起きて原稿を書き、夕方になって飲みに行くような生活はまともではなかったのではないだろうか。
だからこそ彼女に最初に直されたのではないだろうか。
画一的な社会に馴染めず端っこを堂々と歩いていた。悲劇を嬉々としてネタにし、美しく彩ることが仕事だった。
それなのに今更異常者のレッテルを貼られることに怯えているのだった。
残高が減っていく通帳に「死ね」と言われているような気がした。
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