10.丸眼鏡と万年筆
先生の誕生日は真夏も真夏で、プレゼントを買いに行った日ですら暑かった。
先生は何が欲しいだろうか。考えに考えて出した答えは万年筆だった。
先生は既に万年筆で書いていたのにそう思ったのには理由がある。
「師匠の万年筆は少し重いんだよ」
そう話していたのを何度も聞いていたからだった。先生の師匠は有名な人らしくて、名前は明かしてくれないけれど生きている間にはノーベル文学賞を取り損ねた人だったそうだ。
掃除をしていたときにこっそり持ったことがあったが、確かに少し重くて、私だったらすぐに買い換えていそうな重さだった。少しでも執筆が捗るように軽いものにしてあげよう。そう決めて、おしゃれな街に出て文房具屋さんを物色しているのだ。
今月は着物につぎ込むお金をなくせば買えるくらいで、それほど安っぽく見えないもの・・・・・・。なかなか難しい相談だった。安いものは1000円からある万年筆の中で見る人が見ればわかってしまうものをそんな考えで買うこと自体が難しいことだった。
私が持っているものは1000円の一番安い万年筆だ。それでも書き心地は良くて、愛用している。
ちなみに今日のコーディネートは、金魚柄がかわいいクリーム色の着物。帯も金魚柄のものがあったのでそれにして、帯締めは水色だ。バッグはかごバッグで、それに丸眼鏡と麦わら帽子。草履はいつも履いている藤色のものだ。わりと何にでも合うので重宝している。
半衿は着物と同じ絽のもので、盛夏の装いだ。簪は夏らしい涼しい色が使われているものを選んでいる。
「これくらいなら買えるかも」
ちょうどいい値段のものなど転がっているはずがないと思っていたが、それは意外とあっさり見つかった。安っぽすぎない、重さも丁度良い。試し書き用の紙に書いてみると、滑り方も上々だ。
先生のイメージにもあっている、重そうに見えて重くない万年筆。
「すみません、これ包んでもらえますか?」
他の店よりも少しだけ豊富な包装紙とリボンの種類があった。シックで重みのある黒い包装紙に赤いリボンを付けておく。
店を出た瞬間、余計なことだったかもしれないと思った。先生はあの重みが私ほど嫌いではないかもしれない。
度が入っていないこの丸眼鏡のように、偽物になってしまうかもしれない。
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