9.白黒の世界

 彼女は最近塗り絵にはまっている。

僕が金平糖を食べ終えたことにも気がつかないほど熱中しているので、催促が必要になっていた。


 彼女の趣味は大体2ヶ月がピークで、その後は少しずつ熱が冷めていくのを僕は知っていた。72色の色鉛筆を見たときはこんなものが売っているのかと驚いたが、大人でも塗り絵をするのだという知見を得たばかりだった。

見たところ彼女は塗り絵があまり上手ではないらしい。色彩感覚は間違っていないのだが、塗りにムラがあるのだ。幼稚園の年長組の方が上手いのではないかと思ってしまう。


 小説家としては描写の中で色を用いることもあるわけで、色事典(フルカラー)を持っていたりする。その他にも挿絵がカラーの百科事典はたくさんあった。


 小説家が書くとき思いつき方には何種類かあるが、僕の場合は頭の中に全て映像で映画のようなものができあがることで書くものが決められていた。不思議なことにその映像には色がない。

 故に後付けで脳内の映像に色をつけていく必要があった。そのため、色事典はもうボロボロだ。


「改訂版とか買ったらどうですか?」


と彼女に言われたことがあったが、確かに日焼けしてしまった紙では正確な色を見ているとは言えない。

 僕は夢の中も白黒で、そういう話を彼女としたときに驚かれたことがある。彼女の場合はフルカラーで痛覚でさえあるときもあるという。食べ物は美味しそうに見えるし、不気味な場所はそう見えるのだという。

 もちろん、白黒の夢でも食べ物は美味しそうに見えるし、不気味な場所もそう見えるのだが。

 意外と世界に執着がなくてそう見えるのかもしれないなと、極彩色の下手な塗り絵を見てそう思った。

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