③オンザロック

好きな銘柄のウイスキーを見つけるまで随分とかかったような気がする。

僕の好みは師匠とは違ったから、師匠と飲むときは少し苦手だった。


でも、ロックで飲むのはそのときのままで、炭酸水で割るのは好きになれなかった。君はウイスキーが苦手で、それは銘柄が良くなかったのかウイスキーそのものが苦手だったのかは謎のままだった。

そもそも酒が苦手だったような印象を受けていたし、月見をするときも紅茶を引っ張り出してくるような子だった。ワインと日本酒は好んでいたような気がしたが、それはいつ知ったことだったのかはもう忘れてしまった。それも甘口が好きで、そういうところはまだ若いなと思ったものだった。


 ウイスキーも日本酒も満足に良いものが買えるようになったのは新人賞を取って、それからももう少し賞をとってからだった。

いつの間にか「おじさん」と呼ばれるような年齢になっていたが、心は若いときのままでいつも精神と身体のバランスが悪かったように思う。

 今は書いた小説の印税で生活しているなんていう、「小説家」ではあったが、彼女には作家名を伝えていなかった。僕の近いところにいる人に自分の小説を読まれるのは心の中を覗かれている気がして、恥ずかしかったからだ。もしかしたら読んだことはあるかもしれない。

 

 彼女がいたときはお酒の量も管理されていたし、それを煙たがる自分もいれば、心地よく感じていた自分もいた。敢えて飲み過ぎて怒られるのも悪くはない話で、構ってもらえることに好きな子に意地悪をして気を引く小学生のような心持ちであったことは確かだった。

フラフラになって彼女の肩を借りて寝室に行くまでの甘い香りが忘れられなかったのだ。

世間的に見ればおじさんである僕の行動の真意が伝わらないように、ごくたまに飲み過ぎるのだ。彼女が知ったら気持ち悪いと思っただろうか。


空になったウイスキーの瓶はもう僕の姿しか写していなかった。


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