3.望月

「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」


バーボンのロックを片手に、いきなりの和歌だった。


「詠まれてから丁度千年だそうだ」


「そうなんですか。満月なんて次の日には欠けてしまうのに」


リアリストだなぁ、という呟きが聞こえる。


「だから、あえて詠んだのではないかな」


私と先生の満月の夜のお茶会。大きな窓がある部屋で月を愛でる。


「時は常に動き、進み続けるものだ。人の気持ちも、不動だと思ったその地位も」


先生も案外リアリストだ。


「この満月も、欠けますか」


「ああ、欠けない月はないからね」


もう少し小説家らしいことは言えないのかと思った。


「しかし、今夜の月もきれいだね」


ああ、でも、小説家の先生が言うと心臓に悪い。夏目漱石のI love you.の訳として伝わる言葉。


「死んでもいいですよ。なんて言わせるつもりですか」


対になると言われる二葉亭四迷の訳も有名だ。調べればすぐにわかる知識で対抗する様では、助手失格なのかもしれない。


「僕はそれより、このまま時が止まればいいのに、が好きだよ」


ほら、知らない知識で返された。




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