第九十一層目 深淵より来るモノ


「高度、8000。メインエンジン、魔力循環推移、安定しています」

「サブエンジン担当術師は五分後に交代。B班はC班のバックアップに当たってください」


 モビー・ディックの司令室では、モニターに艦内の状況が映し出されていた。各エリアは二十四時間常に交代で任務にあたり、不具合が無いかなどのチェックを怠らない。


 モビー・ディック内には居住区エリアもあり、休暇を取るクルーはそこで日常生活を送ることになる。しかし、この居住区エリアの本当の目的は、災害などで住む場所を失った人々を一時的に保護する、避難所としての面だ。

 とはいえ、必要最低限しか設備がないかと言えばそんなことはない。任務に当たるクルー等がストレスなく働くことが出来るよう、多少の娯楽施設などもあるし、飲食店や服飾店なども存在する。しかも、国際特異災害対策連合は多国籍団体であり、所属している人種も宗教も様々だ。なので、居住区エリアにある店の豊富さはそこらのショッピングモールを軽く凌駕する。


「よし、そろそろA班は交代だな。初稼働の重責をよく耐えてくれた。ゆっくり休んでくれ」


 総司令であるジェイからの言葉に、口には出しはしないが明らかに安堵の表情を浮かべるクルーたち。世界初の魔導戦艦の稼働は、まさに世界中が注目する一大プロジェクトだった。

 二年前のあの日。人々は、一人の青年の犠牲に救われると共に、己の無力さを切に感じていた。だからこそ、自分たちの足で立ち上がり、この先に待ち受ける困難をと闘わなければならない。モビー・ディックの始動は、そういう意味でも人類の新たな一歩の始まりなのである。


 だが、そんな人類を滅ぼさんと蠢く影があった。


 突如、艦内が激しく揺れて警告音が鳴り響く。


「なにごとかッ!!」

「やはり来ましたッ! 翼獣型ですッ!!」

「総員、迎撃態勢ッ!! すまんが、残業だッ!!」

「残業代、盛ってくださいよッ!」


 正面の大型モニターに映し出される外の風景。

 雲海の上空を飛行するモビー・ディックの前面では、雲を切り裂きながら十数体の異形が現れた。それは、獅子の顔を持ちながら体は竜。背には大鷲の翼を持つというまさに異形であった。

 ヤマタオロチと共に一輝が消えた後、変わったのはなにもヒトだけではない。

 いままで黙して来た悪魔と呼ばれる存在が、重く閉ざしてきた口を開いたのだ。その絶望と共に。


『ゲームは終わりだ、下等種ども』


 世界中の空で同時に映し出された五人の悪魔たち。その代表らしき赤い髪の毛の悪魔がそう言うと、まったくの同時刻にそれは起こった。

 世界中のダンジョンの凶暴化。内部の罠は危険度をあげ、モンスターは最低でもCランクに位置づけられるモノしか出現しなくなった。しかも、ワシントンやベルリンといった巨大メインダンジョンは突如として入り口を封されたのだ。

 まだ国際特異災害対策連合が設立されていなかったのもあり、世界は混乱を極めた。幸いにもヤマタオロチの様な神話の生物が出てきたわけではないので、なんとか人類は生き延びたのだが。それでも人類は改めて、自分たちの置かれている状況の拙さにようやく気づくこととなったのだ。


 それ以降、現在の状況の様にダンジョン以外で凶悪なモンスターが出没することが多くなった。これまでも全く無かったわけではないが、それでも頻度が明らかに変わった。

 さらに言えば、今回の様ななんのモンスターかもわからない『異形種』が出現するようになったのだ。まるで、幼児が思いつく生物を次々と混ぜ合わせながら描いたラクガキの様な、生物としての矛盾すらも併せ持つ異形。通称、深淵より来るモノデーモン

 国際特異災害対策連合は、ヒトを殺すために現れるこの脅威を退ける為に設立されたといっても過言ではない。


 モビー・ディックの顔の前に淡い紫色の光が発生する。魔力を集束したそれは次々と魔術陣を描き、障壁となって異形の接近を阻んでいく。が、異形は物理法則を無視するかのような飛び方で回り込み、背面に取りつこうと爪をつき立てようとする。


『はぁ~い、子猫ちゃん達。折角の新車にお痛をしようとするなんて、いけない子達ね』


 突如として、外部向けのスピーカーから女性の声が響き渡る。

 そして、モビー・ディックの背に備わっている射出機構。そのシャッターが開き、内部から巨大なヒト型の人工物が姿を現した。


「九条恵、『オルトロス』......行きますッ!!」


 ヒト型の中心に乗り込んでいる恵が、四肢に取り付けているデバイスに魔力を流し込んでいく。すると、デバイスから伸びている巨大な四肢が同じ様に動き出し、接近する異形を殴り飛ばした。


 自立型丙式魔導倶人形──通称、ゴーレム。それを解体、研究の上、魔工学を応用することによって生み出された、ヒトが直接操縦する新たな魔導俱人形。正式名称、決戦型烈式魔道俱人形。

 パワードスーツの技術を用い、操縦する者の魔力や気力を代償に、搭載している武装を行使することのできる新たな魔導兵器。

 開発当初、人間が直接乗り込むのはリスクも伴うという点もあって、従来の魔導俱人形を大型化したものを開発する予定だった。しかし、実際にトライアルテストを行ったところ、人が乗り込むことによって動作や操作性、出力の上昇などが見られたのだ。これは、魔力や行動原理をあらかじめ封入して動かす丙式の特徴、つまり柔軟性に問題があった。

 次に、遠隔操作も検討されたのだが......これはそもそもが動かなかった。魔力の満ち溢れるこの世界において、魔力に一定の指向性を与え、かつ複雑な操作を遠距離で行うなど無茶なのだ。それこそ、一輝レベルでなければ実現は出来なかった。

 なので、結局のところヒトが操縦する形が採用された。


 勿論、ヒトが乗り込むという事は多くの問題点も存在する。操縦者の危険性や、扱える者が限定されてしまうという点だ。なので、防衛にあたる魔導俱人形は迎撃用の丙式と、探索や救助などの柔軟性を求められる作業をこなす烈式の両方が開発されることとなった。


 烈式の全長はおおよそ10m。これだけの巨大なモノを動かすとなれば、それ相応の魔力が必要となってくる。現在、烈式を動かせるのは特級探索師レベルのものだろう。ジェイですら二分しかまともに動かせなかった。

 そう、恵は至ったのだ。この二年、本当に死ぬ思いをしながら、髪の毛の一部が白髪になるような地獄の修行の果てに、特級の頂へとッ!!


「もう、誰も死なせやしないッ!!」


 大切な者の死。

 恵自身は、いまだ一輝の死を信じてはいない。しかしあの時、ただ見ていることしか出来なかった自分の歯がゆさを嘆き、その後ジェイや瑞郭などの強者に教えを乞うたのだ。

 後進を育てるのが好きなジェイなどは喜んで応じたが、中には瑞郭の様な弟子を取りたがらない者もいて、門前払いも珍しくなかった。

 しかし、それでも恵は諦めずに修行を続けた。傍から見れば、まさに狂人だと思う程に苛烈に。

 その姿勢に折れた瑞郭は、グラハムに次いで二人目の弟子を取ることとなった。本来であれば、才能のない者に教えたところで無意味と考えていた。しかし、恵は幸いな事に才能があったのだ。いや、才能を得たのだ。


 絶対にあきらめない。大切な人が教えてくれた、困難へ立ち向かう為に必須の才能を。



 自分よりも小さいはずのヒト型が、こうも圧してくるとは。個々に攻めていた異形は、お互いに協力をし、一点を突破しようと集結して恵へと押し寄せる。


「この瞬間を、待っていたッ!!」


 両腕を前に突き出す恵。同じように異形へと突き出した烈式の腕が、その姿を変える。


「──蠢くは魔力の胎動。叫ぶは破壊の衝動。満ちて、爆ぜよ。紅蓮の大輪ッ! 『マグナ・エクスプロージョン』ッッ!!」


 恵の得意とする爆炎の魔術。その力を変換し、烈式は爆発の威力を増幅させる。

 目標とする座標に赤熱した球体が出現し、内部から大爆発を起こす。恵に襲い掛かろうとしていた異形たちはその爆発を避けることが出来ず、そのまま圧倒的な火力の前に無残な姿になって堕ちていく。


「こちら、オルトロス。背面の敵は排除したわ」

『りょうかーい。さっすが恵ちゃん。この程度の魔導俱ならおてのものね』

「夏蓮先生の教えのお陰です。では、引き続き前方の排除に向かいます」

『はいはーい。くれぐれも気をつけてねぇ~』


 通信の魔導具を切り、機体を固定するマウント部分を解除してから、恵はオルトロスをモビー・ディックの前方へと向かわせる。


 しかし、その目に映ったもの。

 それは、先程までとは比べ物にならない程に巨大な、新種の異形であった。

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