第四十八層目 窮地


 探索師達が多く集う日本ダンジョン協会の支部は、主にメインダンジョンの存在する東京、大阪、福岡の三つである。

 だが、その本部は何処に所在地を構えているかというと、現在の首都……京都に存在する。

 かつて徳川家康が築城したこの場所は、城内にダンジョンが現界したおりに建物部分が崩壊。後にダンジョンを封じられ、そこに日本ダンジョン協会の本部が設立された。


 出来るだけ元の景観に戻したいという願いも込められ、城型の建造物として建てられた本部は見た目こそ城だが、内部は最新の防衛システムや通信能力に秀でた、言わば城塞である。

 だが、城というものはあまり現代の施設にするのには向いてはいない。構造もそうだし、何より狭いからだ。なので、実際の本部は城の地下に存在している。


「……もう一度、十秒前から再生してくれ」

「畏まりました」


 足を組んだままじっと大型のモニターを見つめる男。白髪まじりの短髪に、同じく口ひげにも白が混じってはいるものの、決してそれが老いを表してはいない。むしろ、その風貌は威厳そのものであり、老練された、という言葉があてはまる。

 モニターを見つめる眼光は日本刀を思い起こさせるような鋭さを湛えており、傍らでPCを操作する秘書も普段からその威圧に慣れてはいるが、緊張によって首筋に流れる汗を感じる。 


「……本日、旧墨田区に潜った者を洗い出せ。いや、昨日からだ。退出履歴もすべてだ」

「ハッ!」


 恭しく礼をして立ち去る秘書。

 他に誰もいなくなった部屋で、男は一人口角をあげる。


「これが、瑞郭の言っていた奴か……面白いじゃないか」


 モニターに一瞬だけ映った『黒』。その圧倒的な力の前に、オルグ達が次々と屠られていく。

 浅川の持っていたカメラの視点なので正確性には欠けるのだが、それでも恐らくオルグの数は百や二百どころの話ではなかっただろう。もう一桁上だった可能性も高い。

 しかし、『黒』の乱入者が現れてたった十分程度。その間に、傾いて崩れかけていた戦況が五分以上に押し戻されたのだ。


「面白い。面白い、が……それですまないのが『人間』というものよ。さて、私も準備を始めるとするか」


 そう言って上着の袖に腕を通す男。

 ジェイよりも僅かに大柄で、それでいて無駄な肉のない洗練された……筋肉とはまさにこれ、と言った風貌の男。

 その胸には双頭の鷲のバッジが光っていた。



 ◇◇◇◇◇◇



 二十階層で救助隊が死線を乗り越えているのと時を同じくして、三十四階層目でも同様に激戦が繰り広げられていた。


「接近には気をつけろッ! やつらにはブレスが無い! ブロッカーは生存を最優先! 惹き付けたら交代を繰り返せッ!!」

『オォオオオオオォォオオッ!!』


 俊哉の号令に前衛の盾持ち達が一斉にときの声をあげる。

 ブロッカーを務める者の能力は、多少の個人差はあれど構成はほとんど同じである。


 敵を惹き付ける『挑発』。

 敵の攻撃を防ぐ『防御術』。

 自分の身体を回復させる『治癒術』。


 鬨の声はその中の挑発にあたる、立派な戦技のひとつだ。

 古くから日本でも『勝鬨の声』というものがある。戦で勝利をしたときや、戦場で士気を高めるためにあげる掛け声だ。その名残は現代でも残っており、運動会などで試合前にかける『えい、えい、おー!』というものがそれだ。

 西洋では『ウォークライ』や『バトルクライ』と呼ばれるモノがあたる。

 時には信仰する神を称える意味で、時には尊敬する英雄の名を叫ぶことで、自らの士気を高める。


『我らは個の盾にして、一の壁ッ!!』


 ブロッカー専門職の集団、『地獄の壁』達は寸分違わぬ呼吸で声をあげ、一斉に盾を突き出す。

 すると、一人一人を覆っていた『防御術』のバリアが連結をしていき、ひとつの『壁』を築き上げた。

 専門職ということもあって、『地獄の壁』のメンバー個人の技能は高い。しかし、それでも所詮は個である。しかし、それが連なりあって、お互いの盾を壁に変えた時、その真価は発揮される。


「ギャオオオォオオオオォォォオッッ!!」


 二頭のツイントゥースドラゴンによる突進攻撃。

 ともすればその衝撃は、超大型のダンプカーが突っ込んできた時のモノをも上回る。

 だが、その程度で崩れる様な壁ではない。


「うおおおぉおおおおおぉぉ!!」

「ふ・ん・ぬ・ああぁぁぁぁッッ!!」

「「ギュオオォオッ!?」」 


 まさか自分達よりも遥かに小さい者によって、その身を止められるとは思ってもいなかったドラゴン達は、困惑の鳴き声をあげる。

 そして、その隙をドン・勝本が逃すわけがなかった。


「しゃあらぁあっぁ!! 死に晒せえぇぇッッ!!」


 愛用の大剣を持ったまま空中で独楽のように回転し、その遠心力をも追加した一撃が片方のドラゴンの後頭部に突き刺さる。しかし、堅牢な鱗と皮、そして太い骨はその程度で砕けるものではなかった。

 が、勝本の攻撃は『その程度』では終わらない。


「く・だ・け・ち・れえぇぇぇぇぇえッッ!!」


 突き刺さった大剣めがけて振り下ろされるオルグから奪い取った鉄のこん棒。

 重量も加わったこん棒の追撃によって押し込まれた大剣は、そのままドラゴンの脛椎を叩き割る。


「ギョオオオオォォォォ……」


 地響きと共に崩れ去るツイントゥースドラゴン。仲間がやられた事によって、もう片方のドラゴンのヘイトが勝本に向けられる。


「てめえの相手は俺だッ!! かかってこい、この×××野郎!!」


 汚い言葉でドラゴンを罵る『地獄の壁』のリーダー、スイブン。別段、この言葉をドラゴンが理解できる訳ではない。

 ただ、これも俊哉の『指揮官』と同様に、『ルール』で決められているのだ。

 例え相手が理解できなくとも、術者本人が罵倒の意味を込めること。それこそが『挑発』の発動トリガーである。


「これからだぞ、皆! 俺たちが守れば、後ろがなんとかしてくれるッ!! チェンッ! もっと気合いを入れろよッッ! 兄ちゃんが…………チェン?」


 スイブンはいつもの様に仲間に大声で激励の言葉を叫ぶ。

 だが、いつもなら隣から『応ッ!』と返ってくるはずの、弟の声が聞こえない事に気がついた。


「す、スイブン……チェンは、もう……!」


 ダンジョンが変貌し、最初の攻防戦の時に命を落とした二人のメンバー。その片方こそが、スイブンの弟のチェンだった。


「あ……」


 綻びとは、一瞬の……本当に僅か一瞬のことである。

 まるで消火剤をかけられたかの如く、みるみる内に消えていく闘志の炎。

 気にしない様に蓋をし続けてきたのに、ここに来て『人間』の脆さというものが出てしまった。


「しっかりしろスイブン! 『壁』がッ! あああ!?」


 瓦解。

 市民の男が振り下ろしたつるはしと、その後市民達の手によって崩れ去った東西を分断していた壁の様に。


 壁が崩れれば、後は脆く弱い。


 と言うのは誤りだ。

 一級探索師と二級の間にある力量の差は、その部分に出る。


「気張りなッ! 野郎共ッ!! 蜥蜴のケツにぶちかましてやるんだよ!!」

「Sim,Dom!!」


 ドン・勝本と共に躍り出る『思考する筋肉』のメンバー。勝本が秀でた突破力を持っているので霞んでしまうこともあるが、それでもその一人一人が一流のアタッカーであることには間違いない。

 攻撃は最大の防御なり。

 攻めて攻めて、攻めまくる事で生き残る。それこそが、脳筋武闘派集団『思考する筋肉』なのだ。


 だが、もしもこの場にいたツイントゥースドラゴンが、この一体だけであればその戦法も通用していたかもしれない。

 しかし……。


「ギュオオオオォオォォォオォォ!!」

「グルウルルルルルルルゥ……」

「ガアアアァァアアアァァァッッ!!」


 斥候が確認した数は、五体。

 一体はなんとか勝本が倒したが、残り四体もいるのだ。


「これはマジでヤバイかもしれないね……クソッ! みんな、逃げるよ!」


 状況が悪いと見た勝本は、直ぐ様いつものように全員に指示を出す。そう、


「ま、待てッ! リーダーの命令がないと……!」

「あぁん? あっ」


 能力とは、人間がモンスターに対抗する為の唯一の手段と言っても過言ではない。

 その微笑み恩寵がなければ、脆弱な人間などが立ち向かうことなど到底不可能なのだ。


 故に、能力に逆らってはいけない。微笑みを失ってはいけない。


 『ルール』から逸脱した者を、能力は決して許しはしないのだから。


「な、ぐわあああぁぁあ!?」


 突然、がくっと身体から力が抜けた勝本は、迫り来るドラゴンの突進を避けきれずに吹き飛ばされ、そのまま壁に激突し意識を失ってしまった。


 自分達を護る『壁』も、敵を屠る『剣』も失った俊哉達は、獲物を品定めしながら近づいてくる四体のドラゴンを前に、動くことが出来なくなってしまった。

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