第四十九層目 英雄《ヒーロー》


 迫り来る四体のツイントゥースドラゴン。

 『盾』も『剣』も失った俊哉達は、まさに絶体絶命であった。

 しかし、それで全てを諦めてしまうのであれば、それは『三流』というものだろう。


「まだだッ! 最後の最後まで、俺たちは諦めないッ!」


 槍を構え、身体強化の戦技を発動させる。隣に立つマサルやトム、桔梗も、その瞳に抱いているのは絶望ではなく、最後まで諦めないという意思の炎だった。


「あたし達がここで倒れたら、こいつらが外に出ちゃうのよね……? じゃあ、負けられないじゃない!」

「あぁ、そうだ! 一輝の野郎は遭難したのに、一人で諦めずに帰ってきやがった。それなのに、俺達が諦めてなるものかよッ!」

「負けられない……恵ちゃんの為にも!」


 階級だけで言えば、『シルバーファング』のメンバー達は他の二つのパーティー達よりも低い。同じ二級といっても、その中で格付けというものが存在し、マサルやトム等まだ二級探索師にあがったばかりの者が多いのだ。

 そんな格下の者が奮闘している姿を見て、スイブン達は立ち上がる。


「すまない、みんな……だが、もう大丈夫だッ! フォーメーション、Δデルタッ!」

「「応ッ!!」」


 先の攻撃で気絶してしまったメンバーの代わりは誰にも出来ない。マサルは確かに優れたブロッカーではあるが、専門職集団の『地獄の壁』と足並みを揃えることは難しいのだ。

 では、メンバーが抜けた穴をどうするか。フォーメーションを変更し、『壁』の形状を変化させるのだ。

 メンバーが負傷してしまったり、何らかの理由で参戦できない事を想定し、訓練を積んでこその専門集団である。


 スイブン中心に据えて、その周囲三点に立つ『地獄の壁』メンバー。その手に握られるのは盾ではなく、ランスであった。

 そしいて、ツイントゥースドラゴンに向かって槍を構えたスイブンが、最大出力の戦技を発動する。


「いくぞッ! 我らは壁にして槍……フォーメーション、Δッ! モード、『槍撃・トリシューラ』ッッ!!」


 それぞれを繋ぐバリアが形状を変化させ、三人でひとつの槍となる。

 堅牢なる壁をそのまま武器とし、敵を穿つという『地獄の壁』のフォーメーション唯一の攻撃技。

 各々の攻撃力が低くとも、その全てが三人分となった破壊力は推して知るべし。


 しかし、小さき者が何かを始めたと、ツイントゥースドラゴン達は嘲笑うかのように距離を取り始める。


「なッ!? おい! 逃げるな!!」


 ツイントゥースドラゴンはブレスを持たないドラゴンである。その代わりに強靭な肉体と、モンスターとは思えない狡猾さをあわせ持つ。


 『壁』達が何かを始めたのであれば、一度退いて様子を窺おう。なぜなら、あの『壁』は自分達と同じく、遠距離攻撃の手段を持たないのだから。


 仲間達の戦いから、その事を学習したツイントゥースドラゴン達は、直ぐ様その場を離れたのだ。

 だが、それは『遠距離攻撃』を持つ者にとっての勝機である。


「サポートしてッ!」


 桔梗を始め、数名の魔術職が魔力を練り始める。

 突如、『壁』の向こう側に集まり始めた強大な魔力のうねり。それを感じたツイントゥースドラゴン達は、更に距離を取り始める。


「甘いわね……そんな距離で逃げられると思ってるのかしら! みんな、準備はいい?」


 桔梗の掛け声に頷きで返す魔術職のメンバー。

 魔術は発動する為に体内で練った魔力の量によって威力、射程などを変化させる。それは能力の等級に限らず……いや、魔術に限っては、等級だけでは測れない部分でもある。


 例えば、魔力を100込めた二等級火魔術と、魔力を300込めた三等級火魔術が同時に放たれたとする。二等級火魔術の方が能力としては優れており、より少ない魔力で効果を発揮できるのだが、それでも三倍の魔力を込められた三等級火魔術の方が威力が高い。

 ただし、保有魔力量は才能に左右されるので、能力が低ければ保有魔力も低くなる傾向が強い。だが、物事には例外がある。


「流石は桔梗だ……三等級魔術しかないのに、あれだけの魔力を練ることが出来るのだから……」


 魔術師の才能だけで言えば、桔梗は『使える』程度だ。才能なしと言っても良い。

 だが、ひたすらに魔力保有量を鍛え続けた彼女は、その努力だけで才能を凌駕してきたのだ。


「行くわよッ! 撃てえぇぇぇぇぇッッ!!」


 放たれる最大出力の魔術。

 桔梗を皮切りに、周囲の魔術師も一斉に己の持つ最大の魔術を、まさに全身全霊で発動させる。

 魔力の帯は真っ直ぐにツイントゥースドラゴンへと向かい、そして


 散った。


「……………………は?」



 何が起こったのか誰のも理解ができなかった。

 確かに、ツイントゥースドラゴンに向けて必殺の一撃は放たれた。

 なのに、何故?


 あまりにも不可解な現象に、誰しもがその場を動けなかった。

 命のやり取りは、続いているのに。


「──ッあ」


 ズシンッ、という地響きがなった。

 それと同時に、桔梗の頬に生ぬるい液体が飛び散ってくる。


「……え?」


 視線だけを隣に向けると、そこにはいつの間にか巨大な岩があり、その着弾点には赤い花が咲いていた。


「ダメだッ! 全員退くんだッ!!」


 俊哉の声でようやく我に返るメンバー。だが、その時には既に遅かった。


「ひ、ひいいぃい、ぁぎゃぁ」

「た、たすけ、あびゅ」


 次々と降り注ぐ巨岩。咲き誇る死の花。

 それは、遥か遠方……ツイントゥースドラゴンが尾によるスイングで放つ、『遠距離攻撃』だった。

 ツイントゥースドラゴンほどの学習能力を持つ者であれば、自分達の弱点を知っているのであれば、その対策をしないと思う方が愚かなのだ。


「な、によ、それ……」


 桔梗はへなへなとその場に崩れ落ちる。

 それは心が折れたからだけでなく、まさに自分の持つ魔力をすべて使った代償でもあった。


「桔梗ッ!!!」


 放たれた巨岩が桔梗に迫る。

 咄嗟に駆け出す俊哉。


 本来、リーダーというものは最後まで生き残ることこそが役割であり、俊哉のこの行為はリーダーとして……『指揮官』として失格の行為だ。

 『お前には失望させられた』。そう言わんばかりに、俊哉の持つ『指揮官』の能力はメンバー全員から発動していた身体能力の向上効果を奪い去っていく。


 それでも、俊哉には守りたい者があった。


「俊哉……」


 その気持ちは、人間としては間違っておらず、


「すまない、桔梗……」


 愛する人を抱き締めて逝こうとする者の美しさが、そこにあった。


「リィィイダァアアアアアアッッ!!」


 巨岩が地面に落下し、濛々と砂煙をあげる。

 その光景をただ見ているしかなかったメンバーは、己の無力さに膝をつく。


「くそ……ちくしょうぅ!」

「くそったれぇぇ……!」


 『シルバーファング』の最古参として、共に歩んできたリーダーの死。

 その衝撃は、マサルとトムにとっては大きすぎた。





 世界は残酷と悲しみで満ち、救いは祈りの手から溢れ落ちる。


 だが。


 だからこそ、人は求めるのだ。



『──ごめん、待たせた』



 英雄ヒーローの存在を。



「…………お前、は?」


 確かに、自分は巨岩の一撃を背に受けたはずなのに。

 そんな事を考えながらあげた視線の先。

 そこに立っていたのは、巨岩を片手で受け止める『黒い』人型だった。

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