第四十一層目 新装備
見た目で言えば、恵よりも少し背が高いくらいだろうか。
後ろ姿だけ見ればまだ中学生くらいにも見える少女が、物凄い勢いで蟹を咀嚼していく。
「ほえ~……手品かなんかか?」
「凄いですね。蟹を剥く動作に淀みがないッ……!」
少女は蟹足を器から取り出すと、スーッとハサミを走らせて切れ目を入れ、つるんっと剥ききってから口に放り込む。その無駄のない無駄に洗礼された動作に、他の客も自分の食事も忘れて様子を見守る。
と、その時。少女の座る席に備え付けられていたタイマーが鳴りだし、食べ放題の時間の終わりを告げる。
「満足していただけましたか? ヴェールさん」
「うん……腹八分目で、止めとく」
ヴェールと呼ばれた少女の向かい側に座っていた男は、その言葉に苦笑いを浮かべる。
「やれやれ……これだけ食べてまだ入るんですか。それにしても、この食べ放題という制度は助かりますね。普通に注文していたら、経費がいくらあっても足りませんので。では、そろそろ出ましょうか」
「うん」
英語でのやり取りだったので周りの人間は今一つ理解していなかったが、現役で英語を習っている一輝達は一応理解できていた。
「すごいな……あんだけ食べてまだ入るんか……」
「何処に消えたんでしょうね?」
『暴食の権能』がある一輝ならいざ知らず、普通の体型の少女が何皿も平らげるのは少し異常だ。とは言え、大食いができる体質の人はそうなのかもしれないと、一輝も特にそれ以上気にすることもなかった。
そうして自分の鍋をつつこうとして時。店から出ようとしてちょうど一輝の隣を通りすぎようとしたヴェールが、ピタリと足を止める。
「……デビル」
ポツリと呟かれたその一言。
店の喧騒に掻き消されそうなその一言に、一輝は食べる手を止める。
「どうしましたか? ヴェールさん」
「ううん、なんでもない。行こう」
そのまま早足で店から出ていくヴェール。
付き添いの男は首を傾げながらその後をついて行った。
「なんやったん? いまの?」
「……さぁ? 俺たちが結構食べたから、ライバルと思われたのかも」
「そうか? ならもっと食わんとな!」
「もうホンマに堪忍してや! 和ちゃんッ!!」
女将の嘆きに対しても、結局二人は手を緩めることなく食いまくった。
結果、二人は一ヶ月の出禁を食らってしまうのであった。
◇◇◇◇◇◇
ボブに装備を注文をしてから二週間が経った。
大阪来訪の際に踏み入れた『城塞蟹ダンジョン』の本格的な攻略を前に、装備が完成したという連絡を受けた一輝は、恵と二人で大阪の地にやって来ていた。
「大阪なんて初めて来たわ」
「ん? ダンジョン探索とかで来たことなかったのか?」
「まぁね。普段は旧墨田区のサブ・ダンジョン専門だし。そう言えば聞いてよ! この間、遂に三十階層にたどり着いたのよ!」
東京のサブ・ダンジョンは基本的に三十から四十階層が最深部となっている事が多く、最深部にはそのダンジョンを守るダンジョン・キーパーと、ダンジョンコアがある。
一般的にダンジョン攻略とは、最深部にいるダンジョン・キーパーを討伐することで完了とされる。本来の意味での攻略であれば、その後ダンジョンコアに触れて破壊をし、ダンジョンを封印することである。
しかし、ダンジョンコアに触れる事は世界ダンジョン協会の規定で禁止されており、もしも触れた場合は永久的な探索資格の剥奪と、国家予算級の賠償が待っている。
それは、ダンジョンという資源を永久に失うことになるからだ。
ダンジョンから取れる素材や、現代でも解明できない技術など、その資源価値は計り知れない。なので、ダンジョンを封印することは許されないのだ。例え、そこから溢れたモンスターが人々に害を与えようとも。
「マジか! 話じゃ、あと五階層で最下層なんだよな?」
「そうそう。だから、今回こっちで色々装備とか調達したいのよね。お兄ちゃんとかは今日も潜ってるみたいだけどね。えっと、それでね……」
「あぁ、買い物だ? それくらい付き合うよ。荷物持ちくらいは出来るからさ」
「ほんと? やったッ! ジェイ先生に感謝だよ」
本当であれば、ジェイと共に装備を受け取りにくる予定であった。
しかし急遽、エジプトで新たなダンジョン発生の兆候があるということで、一級探索師として派遣をされることになったのだ。
そうなるとせっかく取った飛行機のチケットが無駄になる。ならば和葉がとなったのだが、和葉は和葉で三年の課題であるダンジョン探索試験があり、空いているのが同じクラスの者に限られてしまった。そこで一輝とも付き合いの長い恵が手をあげたのだ。
(普段世話にもなってるし……たまには恵に恩返しをしないとな)
一輝の視線の先には、ガイドブックを楽しそうに眺める恵の姿があった。
どうやら赤ペンで立ち寄りたい店をチェックしているようだ。
だが、その中にあった一軒の店名を見て、一輝は申し訳なさそうに頭を下げる。
「すまん、恵……『
「なんでよ!?」
丸めたガイドブックでバシバシと叩かれる一輝であった。
「すみませーん! お邪魔します」
「邪魔するなら帰れッ!」
「えぇえ……?」
「冗談じゃ。イッツ、大阪ジョーク」
ボブのガレージに到着した二人は、いきなりのボブの出迎えに頭をおさえる。
当のボブは上機嫌に鼻唄を歌いながら、台車をついて現れた。
「ほれ、出来たぞい! 儂の生涯最後の傑作じゃ!」
「しょ、生涯最後って……そんな縁起でも無いことを言わないでくださいよ」
「いや、確信がある。これ以上の物は、儂には作れん。まぁ、もう歳も歳じゃしのう。それより、早速着てみてくれんか?」
「……わかりました」
台車に乗せられていたのは、全身を覆う黒い密着型のスーツであった。少し一輝には大きめだが、着込んでから腕の部分のスイッチを押すと、自動的に一輝の身体にフィットするように縮んでいく。
「まずはスーツの説明からするぞ。こいつは『フウセンオニナマコ』の素材を基に、『ライトニングホーン』の甲殻を合わせた、儂オリジナルのボディスーツじゃ」
「ナマコ、ですか?」
「うむ。ナマコは特殊な体の構造をしておってな、あれらは普段は柔らかいくせに、力が加わると硬くなる性質がある。『キャッチ結合組織』というやつじゃ。詳しく話しておると時間がないから、物は試しじゃ」
ボブは金属の棒を取り出すと、思いっきり振りかぶって一輝の足に叩きつける。
すると、先ほどまで柔軟性のあったスーツが、殴られた箇所だけ青白く光ながら硬化していた。
「この様に、衝撃に対して瞬時に反応し、あらゆる衝撃を防ぐことができる。ナマコだけでは強度や反応速度に難があるから、他の素材も掛け合わせた形じゃな」
「凄い……まったく痛くない。それに、このスーツ物凄く軽いです」
「この構造を利用することで、強度をあげつつも軽量化出来ておるからの。だが、あまり過信はし過ぎるな。あくまでもボディスーツじゃからのう」
試しに色々な動きをしてみる一輝。
一切動きを阻害する感覚がないのに、それでいてしっかりとしたフィット感が心地よい。
「気に入って貰えたようで嬉しいのぅ。じゃが、ここからが本番じゃ。こいつこそが、儂の五十年の集大成……」
台車に被せてあった布を取り払うボブ。
現れたのは、スーツと同じ黒で統一された、二基の球体とそれを収めるホルダーらしき機具であった。
「ダンジョンがこの世に現れ、魔力という新しい要素が生まれた。その時から儂は、魔力と科学を融合させた新しい魔導倶の開発に打ち込んできた。そして、これがその技術の結晶……『天照』と『月詠』じゃ」
ボブが機具を起動させると、二つの球体は静かに宙に浮き始めた。
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