第四十層目 蟹鍋


「では、まずは簡単な聞き取りをさせて貰う。答えられないなら答えられないでも構わんからのう。持っておる能力の中には人には知られたくないものあるじゃろうし」

「はい。出来るだけお答えさせて貰います」

「うむ。では、一輝は近接と遠距離、どちらが主体かのう?」

「えっと……」


 ボブの問いかけに一輝は考え込む。

 実際にはどちらも使えると言えば使えるし、更に言えばゴーレムも活用すれば更に幅は広がる。


「あの、俺こういうゴーレムもありまして」

「ふむ? なるほど……攻・守・魔のタイプじゃな。となれば、本体はサポートでも良いかもしれんが……んんッ!?」


 ボブは一輝のゴーレム……その中でもゴーレム・マジシャンを見て目をカッと開いた。


「こいつは……まさか、『魔人兵』か……?」

「魔人兵?」

「う、うむ……ダンジョンで一度だけ発掘されたゴーレムでの、どうもこいつだけは普通のゴーレムと運用方法が違うのじゃ。その事は一輝は?」

「えぇ、知ってます。魔力を供給出来るんですよね?」

「その通りじゃ。一輝、頼みがある……こいつを、このゴーレムを任せてはくれんか!!」


 土下座でもしそうな勢いで頭を下げるボブに、一輝が目を白黒させる。


「そ、そんなに珍しいんですか? これ」

「うむ……これがあれば、儂がずっと温めておったアイデアが完成するのじゃ。ただ……その場合はこのゴーレムはゴーレムとしては動かんなる」

「えぇえ……それは困るかもしれない……」


 とは言え、実際ゴーレムマジシャンの役割は一輝でも代用できる。魔術はほとんどの属性で使えるし、グラハムの使っていたような燃費が極悪な物でなければ、早々魔力切れを起こすこともない。

 そしてなにより、伝説とも言われるボブの温めて来たアイデアがとにかく気になった。


「わかりました。これはお預けします」

「おぉッ! ありがとう、本当にありがとう!」


 そう言って一輝の手を握りしめるボブ。

 そうして、その後いくつかの聞き取りと調整内容を詰めて、今日は終わりとなった。




「あーあ、うちは一輝の新装備のお披露目が見られんのかぁ」

「仕方ないでしょう。先輩は先輩で忙しいんですし」

「まぁね。で、これからどないするん?」


 ボブの工房を後にし、三人は再び繁華街まで戻ってきていた。


「私は昼間言った通り、友人と会う約束がある。一輝君はそのまま和葉君に街を案内して貰うといいのではないか? あぁ、ホテルは私の名前でそれぞれ部屋をとってあるから、そのままチェックインしておいてくれ」

「わかりました。それでは……」

「うむ。和葉君、これは少ないが……」


 ジェイはスーツの内ポケットから封筒を取りだし、和葉に渡そうとする。だが、和葉は首を横に振ってニカッと笑った。


「せんせぇ、気にせんといて。お客さんに出して貰ろうたら、親父にぶっ飛ばされるわ。うちがちゃんと出しますので」

「それはいけない。君はまだ学生で、うちの生徒だ。受け取ってくれないと私が困る」

「うーん……せやったら、こうしましょうか。明日のお昼はせんせぇの奢りで。今日はカズの奢りで」

「あれぇ!? さっき先輩が出すって話じゃなかったですぅ!?」

「にゃっははは! 冗談や、じょうーだん! てなわけで、カズ行こか」


 唖然とするジェイをそのままに、一輝の腕を引いていく和葉。


「……すっかり煙に巻かれてしまったな」


 勢いのままに結局現金の入った封筒を渡せなかったジェイは、苦笑いのまま封筒をしまいながら街に消えていった。




 ◇◇◇◇◇◇



「そういや、今回はダンジョンに潜らへんのか?」


 鍋から蟹の足を取りだし、ハサミで殻を割っていく和葉。

 一輝は同じ鍋に白菜を入れつつ、先に取っていた豆腐を頬張る。


「えっと、明日は下見みたいなもんです。夕方には向こうに帰りますし。おっ、豆腐が美味しい」

「せやろ? ここは蟹が旨いのは勿論、他の具材も旨いんよ。ほら、もっと食べぇ」

「おわっ!? そんなに一気に入れないでください! 鍋の汁が濁ります!」

「それがまた旨いんやないか~」


 冬と言えば鍋。と言うことで、和葉のお勧めの蟹料理屋で鍋をつつく二人。

 その周囲では、日も暮れて店内には人がごった返していた。


「でも、下見ねぇ……わざわざ来る必要あんのか?」

「場所が場所ですからね。一度見ておきたくて」

「『城塞蟹ダンジョン』かぁ……うち、あそこ苦手なんよね」


 『城塞蟹ダンジョン』。ダンジョンと名が付いているが、その実は超巨大なモンスターのことである。

 ダンジョン黎明期に東京を襲った超巨大甲殻類モンスター『グランド・シザース』。その全長は数kmあると言われ、二本あるハサミだけでも数百mはくだらないという、正真正銘の化け物だ。


 あまりの大きさに探索師ではどうにもならず、陸上自衛隊、航空自衛隊による攻撃と、海上自衛隊の艦隊砲撃でなんとか撃退をしたという記録がある。

 ただ、撃退が出来ただけで、結局のところ討伐は出来なかった。自衛隊の攻撃は確かに怯ませることは出来たが、その堅牢な甲殻に阻まれてしまい、決定的なダメージは与えられなかったのだ。

 そうしている内にグランド・シザースは大阪へと移動し、そのまま大阪湾の中心で海底に潜り、そのまま動かなくなってしまった。


 その後調査が進んでいくと、どうやらグランド・シザースは死んだ訳ではなく、海底を根城にして自身をダンジョンへと変化させた事が判明。

 こうして世界で初めて、ダンジョン現界以外でのダンジョン誕生という珍しいケースが発生したのであった。


「ダンジョンの中は甲殻類のモンスターばかりだそうですね」

「せや。やから、うちの魔術がほとんど効かんのよ。ほら、うち水属性やし?」

「あー、それは厳しいですね」


 和葉は名門であるルーゼンブルに在籍しているだけあって、得意の魔術に関しては非凡である。学生の身でありながら既に『二級水魔術』を取得しており、これは二級探索師レベル相当であることを意味する。

 しかし、甲殻類モンスターのほとんどは水属性に対して耐性があり、その甲殻素材は水対策に用いられる程だ。


「まぁ、そっちは協力できへんから、頑張ってきてな。あ、でも夕方やったら帰りは一緒かもな」

「そうですね……ご一緒出来たら良いですね」


 フッと笑みを浮かべる一輝。

 実際のところ、下見といえば下見なのだが、その本当の目的は一度でも足を踏み入れることにある。

 『ダンジョン・トラベラー』の能力である『ダンジョン渡り』を使うためだ。一度でも足を踏み入れておけば、遠い東京のダンジョンからでも渡って来ることが出来る。


「よっしゃ、ほな明日の景気づけに仰山食べな。おばちゃーん、おかわりー」

「あいよー」

「せ、先輩? お金とか大丈夫なんですか?」

「ん? あれ? 言って無かった? ここ、食べ放題やで!」

「なんと、食べ放題……ッ!!」

「お? カズは食べ放題に燃えるタイプ? それとも、食べ放題なんてくだらん言うタイプ?」


 世の中には食べ放題をいやに否定する勢力が存在する。

 確かに、食べ放題は時間に追われたり、妙に落ち着かないという意見もわからないでもない。

 だが、それはそれ。


「俺は食べ放題も好きですよッ!」

「よっしゃ! じゃあ食おう食おう!」


 『暴食の権能』、ここにあり。

 ベルゼブブが見たら白目を剥いて泡を吹きそうだが。


 そうして二人で次々と皿を空にしていく。和葉は和葉で痩せの大食いというタイプで、一輝ほどでは無いにしろ、どこに消えて行くのかという勢いで食べ進める。


「か、和ちゃん……そろそろ、堪忍してくれへん?」

「なんの、まだまだッ!」

「はぁ~……なんちゅう日や。こんな大食らいを二組も同時に相手せんといかんなんて……」

「ん? 二組?」

「あぁ、なんか外国から来たお客さんがな。そこにおるんやけんどな」


 そう言って店の女将さんが指差した先。

 そこの席に座っていた小柄な白髪の少女は、まるでトリック映像の様に次々と蟹を口に放り込んでいた。

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