第二十三層目 消失
「これは……いったい……」
驚愕に頬をひきつらせ、一輝を見るジェイ。
そんな事はお構いなしと、ひたすらにマリアモルフォを調理して食べていく一輝。
そのあまりにも常識外れの光景に、ジェイは頭を抱えたくなっていた。
時は少し遡り、一輝達がダンジョンに潜り始めて三時間ほど経った頃。
潜って直ぐの場所ではスケルトンなどの食べられないモンスターばかりだったので、ただただ撃破だけをしつつ更なる深層を目指していく一輝。
危なげもなくスケルトンを倒していくのを見て、関心すると共にジェイは不思議に思っていた。
(今のところ、ただ優秀な生徒というだけだな……)
動きが鈍く、慣れた者であればなんなく倒すことが出来るスケルトン。しかし、探索師になったばかりの者は、だいたいがこのスケルトンにダンジョンの洗礼を受ける事になる。
核さえ破壊されなければ復活を続けるタフネス。疲れを知らない永続的な攻撃。対処法を知らなければ、雑魚とは言えど苦戦を強いられるのだ。
そうして、難なく二階層に降りたとき、一輝の目が変わったのをジェイは気づく。
餌を目の前にした猛獣とはまさにこれ。
普段の大人しく、礼儀正しい姿とはかけ離れた一輝に、ジェイは少しだけ驚いた。だが、そういう気性の者は往々にして存在する。
何か生物を殺傷したい者や、自分より弱い者を虐げて悦にひたる者。
ダンジョンに潜ると性格が変わってしまうということは、存外にあることなのだ。
しかし、そんな予想を遥かに越える事態が目の前で発生し始めた。
「…………一輝君。きみは、何をしているんだ?」
背嚢から様々な調理器具を取り出し始める一輝。それだけならダンジョンでは珍しいことではあるけれど、考えられないことはない。一輝の『調理』の能力に関しては、事前に知っていたのだから。
だが、どう見てもジェイは理解しがたいことがあった。
一輝が用意した調理器具に乗せられていくのが、どう考えてもモンスターなのだ。
「……これが、俺の秘密です」
「…………は?」
いつの時でも冷静であれ。
そう自分の師からの教えを頑なに守り、遂には特級探索師の入り口まで到達した程の男ジェイでも、この様な間抜けな声を出すのだ。
それほどまでに、モンスターを食するという事は異常事態である。
「うーん……このモンスターは羽は唐揚げにしましょう。胴体は食い応えもありそうなので、さっとボイルしてから……」
「まっ、待て待て待てッ! 君は、何を言っているんだ?」
モンスターを人が食べれば、体内から爆発して死んでしまう。そんなことは、小学生でも知っていることだ。
「まぁ、信じられないかも知れませんけど……俺はモンスターを食べれば食べるほど強くなれるんです」
そう言って蛾のモンスター・マリアモルファを食べ始める一輝。あっけにとられて止める間もなかったジェイは、ただ呆然とその様子を見守るしかなかった。
そうして、冒頭へと戻る。
(モンスターを食べる? そんな事が出来る人間などいるものか! その上、食えば食うほど強くなるだと!?)
これは夢かと何度も自分の頬をつねるジェイ。
しかし、そんなジェイの気持ちを裏切るように、一輝は食材を全て食べきってしまった。
「ごちそうさまでした」
「……それで、どう強くなったんだ?」
「えっと……あ、これかな?」
何故か何もない空中へと視線をさ迷わせる一輝。
実際の一輝の視点では、自分のステータスが映っているのだが、そんなモノがジェイに見えるはずもない。
「ストリングショット!」
一輝が気合いを込めて手をつき出す。すると、直径一センチほどの太い糸の束が手首から放たれ、十m程先にある壁にぶつかって引っ付く。
「おー。これは頑丈ですね。しかも、粘着力も高い。探索師なら必須アイテムです」
「これは……マリアモルファの糸、だと?」
一輝の放った糸を掴み、思いっきり引っ張るジェイ。
マリアモルファは蛾の様な姿をしているが、実際は肉食のモンスターだ。口吻に見えるのは毒を注入する器官であり、その奥に大量の牙を備えた口がある。
そして最大の特徴が、先程一輝が放った糸だ。その耐久性は単純な数値だけで言えば1tもの重さにも耐えうる。なので、このマリアモルファの糸は素材として重宝される。
「これ、かなり便利ですね。当たりです」
次々に糸を出して、あちこちの壁や天井に張り付く一輝。
その姿にジェイは内心、恐怖を抱いていた。
(モンスターを食べることによって、モンスターの力を得る能力……そんなもの、反則ではないかッ!)
思い起こせば、湖畔での試験で一輝が見せた水の目眩ましも、あの湖に生息するエイリアンフィッシュだったことに気づく。
だが、今はそんな事はどうでもよかった。
「一輝君! きみは、いったいどれだけのモンスターを食べてきたのだ!」
「えっと……種類でいえば、まだ十種類程度でしょうか。数は結構食べてきましたが」
「そうか……」
ジェイは内心では恐ろしいと思いながらも、この一輝の力が持つ凄まじさと、その先にある一輝の将来を楽しみに思わずにはいられなかった
それは教育者としてなどという、安易な正義感から来るものではない。
好奇心。
探求心。
探索師として生きてきたジェイにとっての根源の様なものだ。
「一輝君……君はもっともっと強くなれるはずだ。きみの力は公に出来ないかもしれない。だが、その力は必ず妹さんを助ける為の大きな鍵となるはずだ。私も協力しよう」
「ジェイ先生……ありがとうございま…………え?」
ジェイが差し出した右手を握り返そうと、一輝も同じく右手を差し出そうとした。
だが、無いのだ。
自分の右手が。
「は?」
いったい、何が起こったのか。
ジェイをもってしても、目の前で起こった異常事態が何か判断が出来なかった。
なので、咄嗟に一輝を突き飛ばそうとしたのは、長年の勘からくるものだろう。
「伏せろッ!」
「グオオオォォォォォォオオオォオオオォォオオッッッツ!!!!!」
「!?」
まさに一瞬の出来事だった。
何もないはずの空中が捻れて縒れて弾け飛んだ。
そして現れたのは、
「ああああぁぁあっ!?」
「逃げろッ! 一輝君!!」
やはりそれでも、一級探索師であるジェイの切り替えは早い。
直ぐ様腰に提げていた剣型乙式魔導倶『ダーインスレイヴ』を鞘から抜き放つと、空中にある顔を目掛けて袈裟斬りに振るう。
だが、顔はそれを嘲笑うかの様に直ぐに引っ込んで、いつの間にか一輝の背後へと現れた。
「い、嫌だ!」
なんとか残った左手で体を起こし、逃げようとする一輝。
しかし、まるで逃げるネズミをいたぶる猫の様に、空中に現れた腕が一輝をなぶる。
「これ以上生徒を傷つけさせん! 唸れ、ダーインスレイヴッッ!!」
ジェイが両手でダーインスレイヴを構えると、それに呼応するように柄の機構が青白い光を放ちながら回転を始める。
すると、黒一色だったダーインスレイヴの刀身に複雑な紋様が浮かび上がり、バチバチと紫電が走り始める。
「くらえぇええッ!!」
一閃。
真横に振り抜かれたダーインスレイヴから放たれた力の奔流が、一輝を狙う顔と腕を捉えようとする。
が……。
「消えた、だと……?」
空中を空振りしたダーインスレイヴの光は、凄まじい破壊の傷跡をダンジョンに刻み付ける。
しかし、それによって巻き上がった砂ぼこりが晴れると、そこには大量の血痕以外なにも残っては居なかった。
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