第十三層目 イカ焼き風フロートアイと大目玉の塩焼き


 フロートアイとマーダードッグが主なモンスターである旧世田谷区サブ・ダンジョンの三層目は、他の階層に比べて非常に人が少ない。

 上級者にしてみればフロートアイにしろマーダードッグにしろ旨味が少なく、初心者にしてみればやっかいこの上ない組み合わせが襲ってくるからだ。すれ違う探索師も、足早に四層目への階段を目指す。

 なので、一輝がモンスターを食べる為の人気のないスペースは十二分にある。


 取り出したフロートアイに顔を近づける一輝だったが、その眉間に特大の皺が出来る。


「これは……生臭いぞ……」


 滴れる青い血も伴って、非常に食欲が湧かない。

 どうしたものかと悩んだ一輝だったが、とりあえず生で食べることは避け、下処理から入ることにした。


「一応、生臭いにも種類があるけれど……こいつはどちらかと言えば海鮮系だ。青い血だったし、本当に甲殻類か?」


 見た目的にソフトボール程の大きさを持つ目に、小さなコウモリの様な翼と、タコやイカなどの頭足類を思わせる触腕がある。

 よくよく捌いてみれば、翼と思われた場所は翼としての役割がない様にも思える。若干軟骨の様な物が入っているが、ペラペラとしていて、どうにもイカの耳、エンペラと呼ばれる物を想起する。


「これ……もしかしたら本当にイカの仲間なのかも……そうだったら、一回冷凍してから食べたいんだけどなぁ。流石にダンジョンを出るのもあれだし、とりあえず塩で揉んでみるか」


 一度ダンジョンから退場すると、三日はクール期間を持たなければならない。

 これは、ダンジョンという資源を出来るだけ一部の探索師が独占しないようにという配慮もあるのだが、一番の目的は無茶苦茶な過酷スケジュールで潜って、悪戯に命を落とさないようにする事だ。

 過去にはブラック企業がひたすら従業員をダンジョンに潜らせ、死ねばまた新しい探索師を用意するという非人道的な行為もあった。それに由来する決まりだ。


 背嚢から塩壺を取り出した一輝は、まな板の上にフロートアイを乗せ、大量の塩で揉み始める。すると、徐々に水分とヌメリが出てくるので、あらかじめ桶に用意していた水に浸けてそれらを落としていく。

 ダンジョンにおける水は貴重品だ。基本的に飲み水として使えるのは宝物ポイントの水場だけなのだが、『暴食の権能』のお陰なのか、ダンジョンにあるその他の水源でも、一輝は普通に飲む事が出来る。そのお陰で、一年近くダンジョンに潜っていられたのだ。

 いくら使っても問題ない水源の有り難さよ。ヌメリで汚れた水を捨て、再び桶に水を汲んでから、再度塩で揉み込んでから洗っていく。


「そろそろ良いかな? ……うん、ヌメリが落ちれば、やっぱり臭いも少なくなる。これならいけるかも」


 洗い落とす際に、細かい汚れや内臓、血なども落としてしまったので、フロートアイの肉は白く輝いている。こうしてみれば、もはや見た目上はイカに近いナニかだ。巨大な目玉を除いて。


「さて、イカか……あまり時間をかけても人が通るかもしれないし、無難にイカ焼き風にしてみるか。でも、この目玉どうしよう?」


 包丁でくり貫いたフロートアイの目玉は、かなりの迫力があった。しかし、一輝が考えるに今回の目玉はこの大きな眼球だ。目玉だけに。


「目玉料理……そういえば、マグロは目玉を焼いて食べるんだっけ? じゃあ、イカ焼きと同じように網に乗せて焼いてみるか」


 再び塩壺を取り出した一輝は、目玉に塩を刷り込んでいく。しばらくすると、再び余分な水分が出てくるので、それを拭き取って再度塩を振り、火にかけていた網に乗せる。

 するとジューっという音をたてながら、目玉の周りについていたゼラチン質と脂が焼ける良い匂いが漂い始める。


「い、一気に旨そうになったぞ……? ちょっと脂で焦げそうだから端に寄せて、っと。次はこっちだな」


 薄皮を剥いだフロートアイの体とゲソを串に刺し、体の方には少しだけ切れ目を入れてから網に乗せる。

 焼いている間に醤油、味醂、酒、砂糖を混ぜあわせ、すりおろした生姜とにんにくを混ぜ合わせる。


「少し臭いが怖いから、臭み消しににんにくを使っておこう。これを刷毛で塗りつつ、なんどかひっくり返してっと……出来たッ!!」


 完成、フロートアイの姿焼き~イカ焼き風~と、フロートアイの大目玉焼き。


「それでは先ずは、姿焼きから……いただきますッ!!」


 串を掴み、恐る恐る姿焼きに顔を近づける。

 だが、生の時の様な嫌な臭みはなく、鼻腔をくすぐる焦げた醤油だれの香りが、食欲をそそる。

 まずは、フロートアイの翼の部分を噛んでみる。すると、コリッ!っとした歯応えのなかに、タレの香ばしさがあり、噛む程に湧いてくる優しい甘味が口の中に広がる。


「これは……旨いぞッ!!」


 次々と食べ進めていく一輝。

 祭り等でたまに当たる、妙にゴワゴワしていて、まるでゴムを噛んでいるような下手なイカ焼き等とは、比べ物にならない旨さがある。

 程よくブツリと噛みきれる食感と、ほのかに香るフロートアイの風味が丁度良い。強いて言うならば……。


「イカじゃねえな、これ。香りはどちらかといえば、鳥だ」


 不思議な事に、生の時は海鮮系の匂いだったフロートアイだが、焼いてみると鶏肉に近いものがあった。

 だが、それならそれで食べやすく、あっという間に姿焼きは完食してしまった。


「残るは……こいつか」


 目の前にあるのは、デンッと一輝を見つめる目玉の塩焼き。

 旧墨田区のダンジョンでジャイ・アントを食べた一輝に、もはやゲテモノ食いへの躊躇いはない。


 目玉を掴み、一気にかぶり付く。

 カリッと焼かれた表面の香ばしさと、ジュワッと溢れ出す脂。その中からトロッと顔を覗かせたまろやかな味に、一輝は驚いて目を見開く。


「これは……白子だ!」


 下を包んで離さないその濃厚なクリームの様な旨味。それはかつて、一輝の父が特別な日の晩酌で食べていて、少しだけ食べさせてもらった真鯛の白子を彷彿とさせる物であった。いや、それ以上の濃厚さがフロートアイにはあった。

 あまりの旨さに夢中で食べ進める一輝。途中でポン酢でもいけるのではと、背嚢から取り出して味を変化させていく。


 そして、全てを食べきった一輝は、幸福の溜め息を吐き出した。


「うま、かった……こいつは、最高に旨いモンスターだ」


 自分以外が食べられないので、この旨さの感動を誰とも分かち合えないのが本当に惜しい。そんな事を思いながらも、一輝は胸の辺りで湧き上がってくる『力』を感じる。


「来たか……! ジャイ・アントは『噛みつく』。ケイブバットは『音波』だった。恐らくフロートアイは……」


 目に神経を集中させていく。

 すると、ナニかがカチリとハマる感覚があって、視界が明滅を始める。

 しばらくの間その現象に歯を食いしばっていた一輝だったが、明滅がおさまった後の自分の視界に思わず口角があがる。


「やっぱり……こいつらは、ゲームとかの『鑑定』みたいな能力があったんだ!!」


 自分の手を見てみると、まるでゲームの画面の様に自分の体の事が数値化されて見える。



名称:神園 一輝

種族:人間

職業:探索師見習い

年齢:17

健康状態:良好


体力:32

筋力:21

俊敏:25

頭脳:17

魔力:0


能力:『調理』『暴食の権能』『噛みつく』『音波』『解析』



「結構シンプルなんだな……でもこれで、フロートアイがマーダードッグを呼び出す基準を見分けられていた理由がわかった。やはり、ステータスを読んでいたんだ!」


 以前、旧墨田区サブ・ダンジョンで遭難していた際、食べたモンスターの能力を得られる事がわかった。

 だが、それは一部分だけを食べただけでは得ることができず、食材となったモンスターの半分以上を食べることが条件であることは、暫く食べ続けてからわかった事だ。

 なので、惜しくもベルゼブブに食べさせてもらったドラゴンの能力は、獲得することが出来なかった。

 ただし、身体能力の上昇は少ない量でもその量に応じて上がるので、無駄というわけではないのだが。


「この能力は大きなアドバンテージだ。まだ解明されていない物も、これならわかるかも知れない」


 にやける口許を押さえつつ、片付けを始める一輝。

 その後何度かフロートアイとマーダードッグを倒して回収をしつつ、四階層目へと足を進めていくのであった。

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