第六層目 絶品への対価

 ベルゼブブの前に用意されたドラゴン肉のタタキ。

 鮮やかな真紅の断面と、薬味のあおのコントラストが美しい逸品である。

 そのタタキを一切れフォークで突き刺し、ソースを絡めて恐る恐る口へと運ぶ。

 そして、口に入れたその瞬間。


 ベルゼブブの口内は味の大爆発に見舞われた。


「~~~~~~ッッッ!!」


 一瞬だけ鼻を突き抜ける香草と表面の芳ばしい香りが、サッと爽やかな風を思わせる。だが、その後に続くドラゴン肉本来の力強い匂いは、まさに火山ッッ!!

 噛み締めるほどにマグマの様に溢れでる肉汁!

 味蕾の一つ一つを弾き飛ばす火山弾!!

 ソースと合わさった脂肪の混沌うまみは、世界の終末をも想起させる天変地異!!!


 しかし……この世を万物を創造した者は、言う。


 破壊の後に、創造ありと。


 全てが濁流となって押し寄せた旨味は、薬味の清涼感によってスッと洗い流されて消えていく。

 滅びの世界は、新たなる新世界を産み出したのだ。

 

「…………」


 ただただ黙々と肉を食べ、涙を流すベルゼブブ。

 人は真に旨い物を前にしたとき、言葉すら無くなると言う。ベルゼブブは悪魔であるが。


 そして、最後の一切れまでしっかりと味わったベルゼブブは、グラスの中身を飲み干して深い息を吐き出す。


「まことに……まことに美味である。カズキよ、大義であった」

「ドラゴン肉が素晴らしかったんです。俺はただその手助けをしただけですから」

「いや……そうではあるが、そうではない。例えばこれを調理するのがセバスであれば、私の好みに合わせてステーキにしたであろう。それでも美味だったとは思う。だが、カズキが自分自身でドラゴン肉を味わい、その味を最大限引き出そうとこの調理にしたことが、千金にも値するのだ」

「そんな……ありがとうございます」


 『調理』という能力を得てから、ダンジョンでそれが活躍する機会などこれまで無かった。だが、こうやって悪魔とはいえ、役にたてるのだと思うと、胸の内に熱いものが込み上げてくる。


「さて、私はそろそろお暇しようと思うのである。して、カズキよ。何か望むものはあるか?」

「え? 望む、もの?」

「そうである。これでも私は悪魔の中でも貴族の端くれ。自分の為に功を成した者に褒美をやらねば、貴族の名折れである」

「……じゃ、じゃあ、この包丁をください! 一本でもいいので!!」


 ドラゴンをも切り裂く包丁。そんな魔導倶が手に入るのであれば、この先探索師としてもやっていけるかもしれない。最悪、売れば妹と二人で暮らしていけるくらいにはなるだろう。


「先にも言ったが、それは必要経費としてカズキに渡したものである。それに、その程度では褒美にはならぬのである」

「なっ!? マジですか……?」

「ふむ……そう言えば、『調理』の能力は非力であったな。では、『暴食』の悪魔である私が、直々に権能を授けてやろう」


 ベルゼブブは一輝の前に立つと、一輝の前髪をあげて額に人差し指を当てる。

 すると、額には複雑な紋様が浮かび上がり、スッと同化して消えていった。


「これは『暴食』の権能である。口にした物はその全てがカズキの力となるだろう。ただし、必ず毎日何かを食べること。これを忘れた時、権能は暴走をしてしまうのである」

「えぇえ? そんな……」

「なに。ダンジョンに潜るのであれば、食材はそこかしこにある。食いっぱぐれる事はないのである」


 そう言えばモンスターを食べられる体になったのだと思い出した一輝。それなら、あまりデメリットもないのかもしれない。まぁ普通に生活していれば、一日何も食べない何てこともないのだが。


「それでは、また会おうなのである。今度はもっと凄い食材を調理して貰おう!」

「あ、あの、ありがとうございました!」

「礼は私が言いたいのである。では、さらば!!」


 マントを翻したベルゼブブは、スケルトンや食材と共に影の中に溶けて消えてしまった。

 一人残された一輝は、しばらくぼんやりとしていた。まるで狐にでもつままれたかと思うほどに、現実感のない出来事。

 だが、その手に残された包丁が、いままでのやりとりが現実だったと物語っていた。


「帰ろう……って、通信機壊れてるじゃん。ジャイ・アントの時かな? ……参ったなぁ」


 通信機が無いと、どれくらい時間が経ったのかわからない。だが、今はとりあえずダンジョンから出よう。

 そう思って帰路についた一輝は、塞がってしまった入り口に呆然と立ち尽くすのであった。



 ◇◇◇◇◇◇



 ところ変わって、旧墨田区ダンジョンの入り口。

 ここでは日本政府の役人が、自衛隊等と共に入退出を厳しくチェックしていた。

 基本的にサブ・ダンジョンに関しては入るのに制限はない。それこそ、一般人であっても入場料と身分証明さえあれば入れるのだ。

 ただし、中での命の保証はなく、全て原則自己責任となる。

 それでも政府が管轄する場所であり、誰が入って誰が戻ってきていないかの管理はしている。これはとあるダンジョンが、黎明期に自殺の名所となりかけた事にも起因する。

 現在では入退出の管理がされているので、好き勝手に入って自殺する何て事は出来ない。そもそも、入るのに必要な許可書の発行に手間はかかるしお金はかかるしで、自殺をするのであれば他に方法があるからだ。


 ただ、ダンジョンの中は危険が溢れている。

 油断をすれば一瞬で命を落とすことなんて日常茶飯事である。なので、原則入場をしてから、連絡のないまま二週間が経てば、捜索が開始されるのだ。そして、一週間の捜索で見つからなかった場合、その人は死亡扱いになってしまう。

 肉食のモンスターも多いダンジョンでは、死体が見つからないこともざらなのだ。


「どういう事ですか!? 一輝が帰ってきてないなんて!!」


 入り口の職員に食って掛かる小柄な少女。

 サイドテールをブンブン振り回して威嚇をするが、背後から仲間に羽交い締めされて動けずにいた。


「ですから、先日から神園様との連絡が途絶えているのです。むしろ、最後に神園様と会話をされていたのが貴方達『シルバーファング』だと他の探索師の方が言っておられたので、こちらとしてもお話を聞かせていただきたいのですが……」

「待って? それじゃあ、一輝ちゃんが最後に目撃されたのって、あの蟻んこの時なの?」

「おいおい! もう二週間以上前じゃねーか!」

「一応通信機の信号では、入り口付近まで帰還していたのは確認されています。ですが、その後いきなり信号がプツリと消えてしまったのです」


 ダンジョンに潜る際には、入り口にて緊急用の通信機が渡される。これは命の危険が迫った時は勿論のこと、遭難をした際に捜索がしやすくするための物でもある。


「まさか、モンスターに食われたんじゃ……?」

「さ、流石に入り口付近だぞ!?」

「だが、一輝ちゃんよ……?」

「…………」


 黙り込む一同。

 最後に目撃したとき、このサブ・ダンジョンでも最も弱いと言われているジャイ・アントに追いかけ回されていたのだ。

 あり得ないとも言い切れない。


「決めた。俺は一輝を探しに行くぜ!」


 真っ先に声をあげたのはトムであった。


「え、と、トム? あんた、一輝ちゃんの事嫌いじゃなかったの?」

「あぁ、嫌いだ! あんな弱いやつは大ッ嫌いだ! だが、リーダーや恵が悲しむのはもっと嫌いだ! だから、あいつを見つけて説教してやらないと気が済まねえ!」

「トム……」


 普段からシルバーファングの中でも一番一輝に文句を言っていたのがトムだ。

 しかしその実は、俊哉と恵を除けば、一番気にかけていたのもトムである。


「男のツンデレってあまり需要無いんだけどねぇ……でも、私も乗るわ。リーダー、行きましょう」

「あぁ、勿論だ! 羽崎さん、俺たちはこのまま捜索隊の任務に入れてもらってもよろしいか?」

「え、えぇ! C級探索師クラン『シルバーファング』なら、むしろお願いしたいくらいです! こちらで手続きは済ませておきますので、そのまま……」

「あの、すみません……」

「申し訳ございません。いまは少し立て込んでおりますので、別の窓口に……」


 担当窓口職員の羽崎が、割り込むように窓口に来たボサボサ頭の若い男性を一瞥する。

 服はボロボロ、背負っている背負子もほとんど原型を留めていない。髪の毛もボサボサで、若いからかあまり髭は伸びきってはいないが、それでも手入れはされていない為見た目が悪い。

 しかし、新品の様に綺麗なホルダーが腰には巻かれており、包丁が四本刺さっているのが妙に違和感を覚える。


「えっと、その立て込んだ用事ってのが俺の事みたいだから……他の窓口の方がこっちへ急ぐようにって」

「「はぁ?」」


 一同、全員声を揃えて首を傾げる。


「ご迷惑お掛けしてすみません。俺、神園一輝です」

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