第七層目 帰還と嘘

 その場にいた全員が目を丸くして、自らを一輝だと名乗る青年を見つめる。

 まるで浮浪者の様な風貌ではあるが、言われてみれば何処か記憶の中にある神園一輝の特徴と一致する部分があった。


「ほ、本当に一輝なの……?」


 恵は恐る恐るといった感じに青年に近づく。すると、ボサボサに伸びた髪の毛の隙間から覗いた彼の顔が、紛れもなく一輝のものであることに気づき、汚れるのも構わずに抱き締めた。


「あんた! 何処に行ってたのよ! 二週間も!!」

「え? に、二週間!?」

「そうよ! 一輝ちゃん、あたしたちとダンジョンで別れてから二週間も行方不明になっていたのよ!」

「ま、マジですか……?」

「とにかく、先ずは貴方が本当に神園一輝様かどうかを確かめさせていただきます。いいですね?」


 職員の羽崎がそう言いながら、紫色の水晶玉を差し出す。

 これはダンジョンへ入場する際に登録した個人情報が遺伝子データを基に登録されており、入退場の際に手を翳して本人確認を行うものだ。既にダンジョンから出た時に一輝はこの確認をされていたのだが、恐らくこの場でもう一度やらないと誰も納得をしないだろうと手を翳す。


「…………登録情報、一致。間違いなく、神園一輝様です」


 羽崎の言葉に、一同に安堵の雰囲気が流れる。

 そんな中で、ひとり俊哉だけはじっと一輝を観察していた。


(二週間……確かに、遭難から生存して帰還したという事例が無いわけではないけれど、サブ・ダンジョンとはいえ、あの一輝がどうやって? それに、あの衣服の擦り切れ具合や髪の毛の伸び具合……二週間程度の話ではなさそうだが)


 皆、普段から何かと一輝にはキツく当たることがあったが、何だかんだ言っても心配をしていたのだろう。一輝の生還を素直に喜んでいる様子であった。


(そうだな……いまは、そんなことよりも一輝の生還を喜ぼう!)


「皆様、お喜びのところに水を差したいわけでは御座いませんが、これから神園様には病院で精密検査を受けていただきます。遭難からの生還とあり、規定にも御座いますので御理解のほどよろしくお願い致します」

「はい、わかりました。あっ! ちょ、ちょっと待っていただけませんか?」

「はい? 何で御座いましょう?」

「あの、これの買い取りを直ぐにしていただきたいのですが……その、ちょっと直ぐに資金が必要でして……」


 一輝がボロボロの背負子から取り出したのは、赤黒い何かの甲殻だった。

 それを覗き込むシルバーファングの一同。だが、誰もがそんな甲殻を見たことがないと、小首を傾げた。

 羽崎を除いて。


「ま、まさか……いや、そんなはずは……!」

「羽崎さん、これが何か分かるんですか?」

「え、えぇ……私たちは配属こそこちらのサブ・ダンジョンになっていますが、素材鑑定の試験の為にあらゆる素材について網羅しております。ですが、これがこちらにあるはずが……」


 ひとりブツブツと呟きながら、思考の渦に沈み込む羽崎。

 どうしたものかと皆が顔を見合わせていると、羽崎はバッと顔をあげる。


「すみません、神園様。二、三お聞きしたい事がありますので、これの査定は後程にしていただきたいのですが」

「えぇ!? それは困ります! 二週間といえば、妹の入院費を払わなければいけないのです」

「あ、一輝。それなら大丈夫だ。俺が今月分は払っておいた」

「俊哉さん……ありがとうございます!」


 深々とお辞儀をする一輝に、俊哉は苦笑いを浮かべる。


「早織ちゃんだって大事な妹分なんだ。それくらいさせてくれ」

「でも……」

「まぁその素材を買い取って貰ったら返してくれればいいから。それより、ちゃんと検査を受けてこい。お前に何かあったら早織ちゃんが悲しむからな」

「はい!」


 こうして、一輝は市内にある中央病院へと搬送される事となった。

 だがこの時、一輝が持ち帰った素材がこの後の騒動に繋がるとは、この時誰も予想できずにいた。



 ◇◇◇◇◇◇



「はい、結構ですよ。うーん……」


 中央病院の診察室。

 そこにはカルテとにらめっこをする70代の男性医師と、緊張の面持ちの一輝が居た。


「ど、どうですか……? 何か異常があるのでしょうか……?」

「うん……健康!!」


 ニカッと笑いながら宣告する医師に、一輝は思わずずっこけそうになる。


「健康ならなんでそんな溜めたんですか!?」

「いやぁ、あんまりにも君が健康すぎるからさ。むしろ、なんでそんなに健康なの? 二週間もダンジョンで遭難して」

「それは説明した通り、偶然にも誰かが落として行った携帯食料があったからですよ。あれが無かったら、三日も持たなかったかもしれません」

「まぁそうだよねー。水は最悪、ダンジョンの生水でもなんとかやりようはあるしなぁ。食料だけはどうにもならないだろうし。まさかモンスターを食べる訳にもいかないしねぇ」


 カッカッカと笑う医師。

 一輝もそれに合わせて笑っているが、実際のところを言えば食べている。モンスターを。

 しかも、正確にではないだろうが、およそ一年近く。


 一輝がベルゼブブと別れてから直ぐ後。来た道が塞がっている事に愕然としていた一輝であったが、逆に先程の部屋から奥に進む道を見つけ、そのままダンジョンを進んでいった。

 入り口近くの部屋だったし、直ぐに出られる道に繋がっているだろうと最初こそ楽観的だったが、その考えは三日程歩いた辺りで打ち砕かれた。

 無いのだ、出口が。

 進んでいくにつれ、徐々に出てくるモンスターも罠も深層にある物へと変わっていき、一輝は焦りの中でダンジョン生活を続けていた。

 唯一の救いは、ベルゼブブから貰った包丁である。これがあればドラゴンよりも柔らかいモンスター、つまりほとんどのモンスターを狩ることが出来るのだ。

 それと食料問題。既に携帯食料など底を尽きていた一輝にとって、モンスターが食べられるという事はまさに生命線であった。もしもベルゼブブからこの能力を貰っていなかったら、直ぐにスケルトンの仲間入りだっただろう。


 そうして進んでいく内に、一輝は気がつく。

 自身の身体能力が、いやに向上している事を。

 はじめは気のせいかとも思った。だが、普段であれば三時間も歩けば疲れていた体が、全く疲れなくなっていたのだ。

 加えて、道中で出会ったジャイ・アントの群れ。これには堪らないと逃げ出した一輝だったが、ぶっちぎりで逃げ切れたのだ。しかも、待ち伏せをしていたジャイ・アントに噛まれても、怪我をしなくなっていた。

 恐らくこれがベルゼブブの言っていた『暴食の権能』のお陰なのだろう。

 それに気がついた一輝は、そこからは出来るだけモンスターを捕食していった。

 食って、食って、また食って。まさに暴食と言える程に魔物を食べまくった。不味かろうと、旨かろうと。


 そうして、気がつけば一年以上の時間をダンジョンでさ迷っていたのだ。

 だが、そんな中で見つけた宝物ポイントの赤い珠に触れた瞬間……一輝はサブ・ダンジョンの入り口付近に戻って来ていた。

 しかも、あれだけの時間が経っていたはずなのに、二週間しか経っていないという摩訶不思議の中に。


(流石に、あの出来事を話せば頭のおかしい奴だって思われるだろうなぁ……みんなには悪いけど、こればかりは内緒にしよう)


 ベルゼブブという超越者と出会った事も、素直に明かすべきではないと一輝は考えた。

 なので、未踏の通路に踏み込んだところ、ダンジョンの何処かへ転移をさせられ、遭難したことにしたのだ。そして、モンスターから逃げ続け、これまた偶然見つけた包丁を手に入れたということに。


 ダンジョン内の罠の中には、掛かった者を強制的に転移させる凶悪な罠もある。しかも、そういった所には宝物ポイントがあったりもするのだ。

 なので、この一輝の話も、聞き取り調査に来た職員は割りとすんなり納得してくれた。包丁も、何故か一輝が持たなければただの包丁と変わりが無くなっていたのも大きい。


 こうして無事に検査と聞き取り調査を終えた一輝は、退院が許可されることとなったのであった。

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