第33話 2nd Communication

 一曲目、イーバンスのスコアは、ほぼほぼドロー。お互い、少数の取りこぼしがある程度で、白熱した試合が幕を開けた。

 それでも、わずかながら水嶋の方が、カナの点数を上回っている。


「なかなか、やりますね」

「この日のために、夏休みの全てを使いましたから」


 長期休暇中は、毎日ゲーセンに入り浸ってました。なんて胸を張って言えることではないが、努力は重ねてきた。


「水嶋先輩、凄い!」

「カナが押されてるね」


 水嶋は美夏に目線を向ける。このまま、水嶋優勢のままで三曲目に突入すれば、あとは無難な曲で幕を閉じる算段になっている。なんとも姑息な手ではあるが、だからこそ、二曲目は落とすことができない。


 この曲で、早くも雌雄を決する事が出来るのではないか。諦めからスタートした音ゲー生活に、可能性が芽生えた瞬間だった。


—このまま点差を離したい。何としても、ミカエルに勝ちたい。


 あの時に抱いた「付き合いたい」という不純な動機は梅雨と消え、今、水嶋の心にあるのは、超えたいという情熱。



「じゃあ、二曲目はステラな」

一曲目で自分の投じた策略が、上手く機能し、悦に浸っているのか、美夏の声が明るい。


……コクリと頷き、曲を選択する。




 未来感あふれるサイバーなダンスミュージック。ノリの良いキックのリズムが、冒頭、曲のイメージを形作っていく。


 疾走感たっぷりに始まった二曲目。水嶋はかみしめるように、たたいていく。


—何度やっも独特な譜面だ。


 左手では常にバスを刻むノーツを叩きながら、右手では駆け抜けるメロディラインを捌いていく。何度も何度も繰り返される譜面に、集中力を奪われる。対応力が試されていた。


 相手を見る余裕なんてない。必死にキックのリズムに引っ張られないように、メロディーを刻んでいく。



 スタンッというハイハットの打撃音を皮切りに、音が収束していく。デクレッシェンド。音の粒が、少しずつ小さくなり……そして、消える。


—さぁ、ここからが本番だ。


 水嶋はズボンの裾で、ほんのりと汗ばむ手の平を拭った。



 冒頭の譜面をそのまま90度傾けた、特徴ある譜面の登場。最下段横一列でバスを刻みながら、上段2列でメロディを押させる超出張譜面。


—クソッ!押さえにくい。


「バカ、集中しろ!」

美夏の檄が飛ぶ。


 癖の強すぎる譜面と混フレ力の境地。一度に二度おいしい経験といえば聞こえはいいが、この大量のノーツ。その中でベースとメロディーの混フレを試される。その上、譜面とリズムには、この曲に特有の癖がある。


 視線の中心より遥か端。四隅の一片がベースラインに乗って発光する。取りこぼし、リズムを崩せば、一気に、この癖のある譜面に飲み込まれる。


「ハル、大丈夫だよ。自分の事だけ」


 クルミは何度も教えてくれた。復帰に関するコツは心の持ちようだと。集中を切らさず闘い続けるには、何より信じることが重要だと。

 

……そして、ここで美夏の作戦を実行に移す。


「陽、今だ!」

 美夏の軽快な声が、タイミング良く飛び込んでくる。



 この癖のある譜面の打開策は横向き。体を右に押しやって、90度に体を傾けた状態を原始的に作り出す。横から筐体を眺め見ることで、下段のバスを刻むノーツを左手で、上段のメロディーラインのノーツを右手で処理する事が出来る。


「わぁー」というオーディエンスの歓声があがる。いつしか、水嶋とカナを取り囲むように、烏合の衆が出来上がっていた。


「クソッ、マジか!」

「美夏さん、これ不味くないですか?」


 ちらりと灯里の不安の声が耳を通り過ぎる。コレが何を意味するのか、水嶋には分からなかった。というより、脳が周りの言葉を弾き飛ばしていた。集中しろと呼びかけていた。


 さらに「おー」だの「わぁー」だの、オーディエンスから声が上がる。

 この突飛な歓声は、横打ちに対するものなのか?それとも、その秘策により点数の均衡が破れたのか?


 ちらりと映る視線の片隅。歓声の意味がはっきりと分かる。驚愕した。

 カナも同じ横打ち技法を真似ていた。しかし、マネするにもそんな時間はない。習得していたと考える方がしっくりくる。


 たぶん、カナも美夏と同じ発想を持っていたんだ。確信があったのだろうか?あまり筐体には触らないと聞く。一発本番で堂々とやってのけるあたりに、格の差を植え付けられた。


 動揺がミスを誘う。


 いくら、90度譜面を対策したからといって、癖のある譜面に変わりはない。最後の最後まで混フレに苦しめられながらも、指を必死に動かす。


—だめだ、余計な力が入っている。


 タイミングを外しながらもなんとかついていくが、動揺の際にいくつかノーツを落としている。


—ダメかも知れない。


 水嶋の不安を美夏も感じ取っていた。事の重大さは、美夏の暗い顔が、全てを物語っていた。


—あの動揺さえ無ければ。


悔やまれる現状。

……最悪の事態だ。


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