第32話 1st Communication
「じゃ、一曲目はイーバンスな」
赤茶けた髪の少女が仕切る。
水嶋もカナも、美夏の指示通りに曲を選択する。コレは美夏の策略。水嶋は一曲目が、この曲になる事を知っていた。事前の打ち合わせ通りの展開。
もちろん、この後の選曲も知っている。知った上で練習を積んできたのだから、当たり前と言えば、当たり前だが……。
その事を、水嶋の隣に立つ、重い前髪を横に追いやった美少女、カナも先刻ご承知の様子で、落ち着き払っていた。
「好きなのね」とカナに尋ねられる。
「はい、好きです」と水嶋はハニカミながら答えた。
……曲が流れ出す。
勢いがありながらも、どこか哀愁を感じる曲調で始まる冒頭。何度も練習を重ねた曲。お気に入りの曲。好きな曲。
筐体の息づく呼吸さえ聞こえるくらいの集中力と、やはり、好きだという情熱が、ボタンをリズミカルに押させる。
曲調、テンポ、リズム。全てが自分に味方してくれているような感覚に浸る。
叩くようなピアノの音色と、近未来的なビート。アクセントにハイハットのような、シンバルを叩く音が、曲に弾みを付けていく。
隣の筐体からも、シンクロするようにボタンを叩く音が聞こえる。
—やはり、カナさんは凄いな!
曲も中盤に入り、緊張が解れてくる。程よく張り詰めた空気感を保ちながら、相手の様子を窺える程に、水嶋は集中していた。
聞き慣れた曲は、水嶋に広い視野を持たせ、心のゆとりを与えた。この日のために磨き上げてきた曲だからこその自信と、負けられないという思いがあった。
絶対に序盤は、この曲と決めていた。泥仕合を避けるためにも、難局を選択する必要がある。その中でもリズムが取りやすく、変な癖が付きづらいのが、この曲の特徴だ。
そのため幾度となく練習を重ね、人の動画を見て研究できるという利点が、この曲にはあった。
……それでも、この曲は難曲だ。
「おい、美夏。クソ難しいぞ。確かに、この曲は好きだけど、厳しくねぇーか?」
「うっセイ!弱音吐く暇があったら集中しろ」
夏休み期間中の、二人のやりとりを思い出す。
曲は最初のサビに入る。緩めの同時押しから、徐々に曲の全体像が現れてくる。よく、RPGゲームをしていて、ボス敵がやられたと思いきや、覚醒して2ラウンド突入、なんてことがある。この曲が、まさにそんな感じだ。
サビあとのブレイク。一瞬の静寂の後、徐々に加速する、パネル全てを使った大回転が始まる。グルグルと回るように発光するノーツが、端から端へと素早く動き回る。タイミングよく指を滑らせボタン押していく。
スライド技法。
灯里と共に身に着けた技法だ。
基本的な大回転の譜面は、左右の指を交互に押していくのが定石だが、何せ、この曲の大回転は、スピードが速い。ちまちま押していたのでは、ミスを誘発しかねない。
その為にも、スライド技法の習得が必須条件。この難曲、攻略のカギとなる。
「カナはあまり筐体に触れないからな。そこが狙い目だ」
世界ランカーを目指すような彼女も、あまり筐体には触らないらしい……。
美夏による事前情報と、クルミも同じような事を言ってたので、間違いはないだろう。
「スライドの性能だけなら、水嶋にも武があるのではないか」というのが美夏の見立てだ。
そして、美夏の予想が的中する。相手は苦戦を強いられているようだ。タイミングが所々、ズレている気がする。が、水嶋にも、さっきまでの余裕はない。
—俺の方がタイミング外してないか?
そんな一抹の不安が過ぎる。それでも、好きな曲という高揚感が、ネガティブな感情を相殺させていた。
—そんなことまで考えて、美夏は選曲したのだろうか?
—口は悪いが、やっぱり良い奴だ。
右の指を綺麗になぞる。
スライド技法がなければ、両方の指で出張と呼ばれる、かけ離れた位置のノーツを、焦りながら押さなければならない。
そんなことを知ってか知らずか、水嶋は右手を優雅にスライドさせ、左手で余裕をもって、出張ノーツを処理していく。
「先輩。習得したんですね!」
「やっと、様になってきたじゃねぇーか」
苦難の道を知る者が、感嘆の声をあげる。
「うん、復帰も悪くない。集中してるね」
指を一定のスピードで、タイミング良く動かす。そこには復帰的な技術も必要だ。指が追い越したり、出遅れたりしたら、瞬時に判断して修正しなくてはならない。
スライド技法は諸刃の刃だ。一度崩れると連鎖的に崩れていく傾向が強い。それでも、支えてくれる少女達の熱い視線が、水嶋を強くする。そして、水嶋自身の勝ちたいという気持ちが、不屈の精神を呼び覚ます。
大サビでは最初のサビの配置に加えて、四つ同時押しのキックのリズムと、シンバルのリズムが加わる。
この曲の最も難曲たらしめる部分の乱打だ。復活したラスボスの真骨頂と言ってもいい。リズムが分かっていても、押しにくさに阻まれ、そのノーツの、スピードと量に圧倒される。
大量に降り注ぐようなノーツの流星群を、右手と左手を器用に使いさばいていく。同時押しに困窮しながらも、右手は乱打のメロディラインを刻む。
頭の処理能力が間に合わない。その限界を感じた直前に、曲は終了した。
水嶋は自分のスコアが出るのを固唾を飲んで待った。背中の三人の少女達にも緊張が走る。
それは、カナでさえ例外では無かった。腕まくりした制服の少女が、筐体を食い入るように見つめた。コンタクトの入った大きな瞳が、パチクリと瞬く。
一瞬の静寂……。
画面が切り替わる。互いの筐体がスコアを告げた。オーディエンスが沸いた。
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