ようこそ、世界ランカーの道へ

第31話 introduction

 晩夏、夏の終わりも訪れは、暦通りとはいかず、残暑の厳しい日々が続いていた。そして久々の登校日もジリジリとした日差しの照り付ける、夏の余韻を残していた。

 下駄箱の隅に置かれた傘立てには、針山のように傘が突き立てられ、夕立の天気予報に対する策を、皆が講じているのが見てとれた。


 懐かしさに心躍る挨拶が飛び交うも、水嶋はどこか蚊帳の外。普段は関係ないと言いながらも、どこか気にする素振りをしていたものだが、今日は本当に気に止めていない。むしろ、蚊帳の外へと、自らが飛び出しているかのようだ。


 無理もない。今日は決戦の時。始業式のみの時短授業の後、いざ決戦の舞台、ゲームセンターへと馳せ参じる。約四か月半の集大成。全てが決まる。今後のが学校生活、いや人生に大きく関わる、ターニングポイント。


 刻々と時は刻まれ、授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。今日は部活動も休み、家路を急ぐ生徒が多い。


 これから、水嶋の長い長い一日が始まろうとしていた。



 水嶋は徐にポケットから手紙を出した。




 拝啓 


 夕立を心待ちにしたくなるような、猛暑の毎日ですが、水嶋君に置かれましては、健やかに夏休みを、お過ごしの事と存じます。


 先日、美夏から水嶋君からの手紙を頂戴し、私は今まさに自室に篭り、筆を走らせている所存に御座います。このような、手紙を綴る事は何故に初めてでありまして、どうか暖かい目で読んで頂けると幸いです。


 水嶋君のお気持ちを承りし今日、逢いたい思いは募るばかりで御座います。とは思いましても、逢っても気まずい思いをしたら、それこそ取り返しのつかない不幸になりそうで、怖く恐ろしく思う所存に御座います。しかし、逢えない今が幸せとは言い難く、逢わねば心寂しく、逢えない今を愛おしく、音を愛する水嶋君の横顔をお目にかかれない今を、歯がゆくさえ思います。


 勝負の規則におきましては、美夏の差金のように思ってならないのですが、水嶋君の意向に異論は御座いません。


 年の功甚だしく大変に大人げなくは思いますが、私は全身全霊をもって水嶋君のお気持ちにお答えする心持ちで御座います。もし、私が負けるようなことがあれば、甘んじて水嶋君の要望に答えたく。どうか、願わくば、私を超えてくださることを切に所望、申し上げる所存に御座います。


 夏風邪は拗らせると長引くと耳にします。どうぞ、お体には重々お気をつけ下さい。

                     

 敬具




「そういうのは、一人お家で読んで頂けると助かるのですけど」

「ぶ、部長」

「違うでしょ」とムッとする。

「かな……さん」

 水嶋はカナの顔を見てホッとし、手紙を丁寧に畳みなおしポケットに入れた。



「ほら、いつまで痴話喧嘩してんだ、早くゲーセン行かねぇーと混んできちまうぞ」

「先輩、早く行きますよ」

「僕はもう、お腹すいたよ。君たちには、お腹いっぱいだけどね」


 ニヤリと笑みを浮かべる少女。ニンマリと明るい笑顔の少女。クスクスと笑う少女。



 終始、美夏のペースで事が進む。マスバーガーで腹を満たし、いざ決戦の舞台へ。意気込む水嶋に、以前、抱きついてきた話を美夏に暴露され焦り出す。


「うし、いい具合に緊張も解れたな」


—コイツは優しいのか、なんなのかわからないな。


 悠々とした屋上付き五階建てゲームセンターに入る。


「カナと来るのは久々だよな。」

「そうですね。私の家は駅向こうですからね。久しぶりに来ても圧巻ですね」

「僕も駅向こうだからね。何回見ても、デパートみたいだな」


 なんて、先輩達は和気藹々としている。


 水嶋はというと、足が震えていた。これは、不安からくるものなのか、武者振るいなのか。後ろから美夏の溜息が聞こえ、ああ、前者なのだと不安なんだと理解した。


「先輩。大丈夫ですか?」


 聳え立つゲームセンターが、今日は魔界城のように怪奇的に見えてならなかった。濃紺の空を分厚い雲が流れる度に、不安な気持ちは一層と色濃くなる。後輩の心配そうな視線が、湿っぽい空気に溶けた。

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