第30話 バスの最終時刻
冒頭からの、スネアとタムの絶妙な連打に、デスボイス。がらっがらの、腹の奥底から響く声は、日本語なのか、外国語なのか分からない。
真夏の駄菓子屋。二人はセッションを通り越して、ライブ会場さながらの、バンドマンのように、アドレナリンが溢れ出していた。
重い重いギターのサウンドは、曇天の空のように
それなのに、心臓を打つバスドラの低音と、Aメロの、キャッチーなメロディラインが、癖になりそうだ。
ゴブリンの雄叫びのような甲高いデスボイスと、重低音の悪魔のようなデスボイスが入り混じる。そこに、可愛らしい女性の声がアクセント、と、して加わると、奇妙奇天烈なのに纏まりのある。締まりがある音楽へと、昇華していく。
まるで、譜面。意味のないノーツの大群に意図があるように、実は纏まりがあるように。音楽というものは、様々な音の集合体が、曲に彩りを添えている。
音楽は素晴らしい。音ゲーは超たのしい。
音の交差。ピックレバーの連打。どのノーツを処理しているのか、もうすでに、皆目検討がつかない。それ程の大量ノーツの流星群。
ここから、盛り上がる。と、いうところで、美夏の動きが止まる。
「やべ。急げ!バスが無くなったちまう」
「嘘つけ、まだ六時だぞ」
「お前、ココが何処だと思ってんだ。東京じゃねーんだぞ」
「マジか」
美夏は、縦に二度、頷くように、ゆっくりと首を振る。ほんの数秒、刹那の沈黙。二人は一斉に走り出す。
「死ぬ気で走れ。乗り損ねたら、山道を歩くことになるぞ」
石段を飛び降り、緑の稲穂が揺れる、田園風景を駆け抜ける。今、まさに走り出すバスを、手を振り呼び止め、滑り込むように車内に入った。
「なんとか、間に合ったな」
「ギリギリだな。」
互いに顔を見合わせ笑い合う。行きと同様に後部座先が空いていた。
最終のバス。乗客は二人の他に御婦人が一人。その御婦人も、今、寂れたバス停で下車し、気づけば、バスは二人のためだけに、動いていた。
美夏が水嶋に寄る。スゥーと耳元に手を伸ばし、イヤホンを片方、耳穴にねじ込んだ。水嶋は驚き、目を見開く。柑橘系の匂いが濃ゆい。
「なんだよ」
「夏休み中には、この曲がアーケードに組み込まれる。今から曲だけでもさらっておけば、相当な武器になる」
「なんで、分かるんだよ」
「女の感だ。オンナの」
顔が近い。意識して見れば女だ。意識しなくても、間違いなく女だ。可憐な少女だ。
互いの耳がイヤホンで繋がれている。肩と肩が触れ合っている。音を共有しているという、不思議な感覚。
光を纏う赤茶けた髪は艶やかに、キリッと見開く瞳は、水嶋を直視している。そして、何より、この上目遣いは反則的だ。
「頑張れよ」
「……あぁ、わかったよ」
耳から流れる、エレクトリカルなトランス系の曲が、麻薬のように脳を溶かしていく。テンポの早い、人工的な音色の集合体。何処か、そこはかとなく哀愁を感じさせるベース部分。小洒落た楽曲に酔いしれた。
車窓から見える波は穏やかで、水面が光を反射し、キラキラと輝いている。信号の無い田舎道を、バスはのらりくらりと走り、バスが揺れるたびに、Tシャツ越しに、美夏の肌の弾力と温度が伝わる。
気づけば、美夏が水嶋の肩に、もたれかかるようにして頬を乗せている。その頬には涙を伝っていた。水嶋が気づいた時には、バスは目的地。涙の理由を聞くのは憚れる状況だった。
ゴシッと目を擦る美夏の仕草が、後ろ姿が、先程の曲に似た哀愁を残し、ニカっと笑う彼女の顔が弱々しく感じた。水嶋はかける言葉も見つからず天を仰いだ。宇宙まで見透かしてしまったかのような、苦しほどの青空だった。
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