第29話 サイダー
美夏はふぃ~っと、肩を撫で下ろし汗を拭う。丸椅子に胡座をかいて座っていた。赤茶けた短髪に、黒のダボついたTシャツ。サイダーを飲む姿が、なんだか様になっていた。
水嶋は、いつものと変わらねノリで、炭酸を奪い取る。
「あっ」と美夏が、吐息のような声を漏らし、水嶋の目線は黒地Tシャツの、その下へ。
不用心に開かれた
朱色に染まった頬が、今日はヤケに女を感じさせーーあぁ、コイツは女だったんだ。と、水嶋は深く反省した。
しかし、時すでに遅し。からっカラに渇いた口内を、気泡混じりの甘い液体が満たし、ゴクリと喉を鳴らす。ーーやっちまった。
「や、やっぱ。サイダー、ウメェえな」
いつも通りを演じるが、声は裏返るし、美夏は顔を背けるしで、気不味い雰囲気だった。
顔を伏せる美夏に、とりあえずサイダーを返す。表情が読み取れない。最悪の場合、怒り振盪なんて事も考えられる。どうにか、意識を違うところへ持っていかないと。
「オ、オマエばっかりずりいな、俺にも曲を選ばせろよ」
「ッ!」
「オマエ、この曲、好きだろ」
「何で知ってんだよ」
「ここ何ヶ月も練習付き合って貰ってるからな、何となく分かるんだよ」
ジュークボックスの練習の際、とりわけ楽しそうに、プレイしていた事を思い出す。煌びやかジュークボックスに、似つかわしくなかったので、印象に残っていた。焼肉屋のメニューにありそうなバンド名だった。
この気づきが危機回避の突破口になる。
美夏は「フッ、難しいぜ」と、不敵な笑みをうからべる。水嶋も「吐かせ」反論しつつ、美夏の機嫌が戻ったことに、ホッと肩を撫で下ろす。
「楽しいな。本当はよう。ギターだけじゃ無くて、ドラムやキーボードの筐体も繋いで、それが、マジで楽しんだぜ」
「マジか、じゃあ夏休み、皆んなでゲーセン行こうぜ」
「バカ、無理すんな、コスパ悪いだろ。」
「あぁ……悪い。それは、俺の偏見だ。どの音ゲーも、ちゃんとやってみたら、楽しかったよ。お値段以上ってやつだ」
お互い爆笑だ。
「……でもだめだ。夏休み明けでオマエは、ミカエルと決戦だ。それまで、ジュークで特訓だ。有り金ぜんぶ使い切るつもりでいろよ」
「少しくらいは良いだろ」
「……じゃあ勝ったらな」
勝ったらか。そもそも、本当に付き合ってくれるのかね。俺なんかと。あんな可愛い先輩が。
ミカエルの正体が解ってもなお、付き合いたい気持ちに揺らぎはない。むしろ、柴田部長であったことが、何処かうれしい気持ちもある。
揺らぎはないのだけれど、改めて意識すると、そんな理由のために。音ゲーを利用していいのだろうか。
もやもやする気持ち、後ろめたい気持ちを払拭するように、奇抜なイントロが流れ出した。
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