第28話 セッション インポッシブル

「じゃあ、用意はいいな」

「おう」


 粗方の説明は理解した。

 画面下から上がってくる、赤青黄色の三色のバーに合わせて、ギターネックの三色ボタンを押しながら、タイミングを合わせて、ピックレバーを弾く。


 ジュークボックスより、ボタン数は少ない。そして、テクみたいな、スライドなんて技法は必要ない。ダンスクのように運動量が多いわけでもない。

 

 ただ、ボタンを押しながら、ピックレバーを弾くだけ。楽勝だろ。少し前までは、そう思っていたかも知れない。でも、様々な音ゲーを体験した今は、一筋縄ではいかない事を、薄々と感じている。



 ズンチィ、ズンズンチィ。


 ゴリゴリなロックミュージック。

 バスドラとスネアの攻撃的な打撃音に加え、ヒビ割れを起こす程に、ジャキジャキに歪ませた、ギターのサウンドが鳴り響く。


 ゲーム背景には中央。ポップに描かれたドクロがクルクルと周り、その上を大量のノーツが所狭しと駆け巡る。


「バカ、ノーツは目で追うな。画面全体を見て把握するんだ」

「言ってる意味わかんねーよ」

「ほら、次。赤・青のコンビが三回続いて最後に黄色単体。このノーツの組み合わせが、四回続くんだ」


 要するに、ノーツの群れから、パターンを読み取れということか。


「ノーツを一つ一つ見て、判断するな。音の纏まりを、瞬時に理解するんだ。そうすりゃ、大量のノーツだって、落ち着いて対処できる」


 画面全体を見る。ノーツの先読み。左手、ギターネックの三色のボタンを、どう押していくのか把握。指先に指令を送る。


「バカ、ちゃんと音を聞け。足でリズムをとって、ピックレバーを弾くんだ」


 意識は左手、三色ボタン。右手では、リズムを刻む。目で見て、判断して。音を聞いて、判断してを繰り返す。神経を研ぎ澄ましながらも、思考は目まぐるしく回転する。


「ノーツがバーに差し掛かるまで、数秒あるわけだ。譜面を覚えておくのも一つの手だが、瞬時に譜面を認識して、指先の動きをイメージ出来れば、初見だろうと焦ることはない。」


「簡単に言うな!」

 説明しながらも涼しい顔で、お手本を示す彼女が疎ましい。


 曲は中盤、チョーキングで、キンキンに高音まで持ち上げられた、ギターの金切音。

 ドラムはダブルフットばりの、バスドラの連打に、こっちはピックレバーを連打で答える。


 プラスチックのコントローラーがカチャカチャと、安っぽい音を立てている。気づけば、水嶋はバンマニの世界に、のめり込んでいた。


「バカ、ピックのリズムがあってねぇーぞ。押す力だ。学んできたんだろ。集中きんな。そっから復帰だ。持ち直せ」


 美夏の、的確だがサドなアドバイスが、目の前の、大量ノーツのように降り注ぐ。

 水嶋も努力の甲斐もあり、曲を重ねる毎に、譜面の構成やパターンみたいなものが、染み付いてくる。


 ギターのカッティングにタイミングが合い、指が滑らかに動き出してくると、二人でセッションでもしているかのような錯覚。

 気づけば、美夏の檄が聞こえない。二人して、架空の音楽スタジオに、酔いしれといた。


 古びた駄菓子屋には、古びた扇風機だけ。ねっとりとした暑さが残る店内に、汗を拭う事も忘れて、はしゃいでいる二人がいた。


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