第27話 ばんどまにあ

 美夏に連れられ、海岸沿いの道路をバスに揺られる。二人とも水着のままで、上にはTシャツを羽織っている。

 美夏は白地の水着の上から、ダボっとした、大きめの黒地のTシャツを着ていた。


 景色は海から山側へ。青より萌える青。緑豊かな田園風景を、古びたバスがひた走る。

 降りたバス停は金山商店前。前と書いてあるのに商店らしき建物は見当たらない。

 歩くこと十分。田畑の間を通り抜け、石段を登り、ようやく見えてきた金山商店。店先に吊るされた「氷」の暖簾が、夏風に弄ばれている。


 店内にあるのは、総菜や調味料、日用雑貨が少々。それより、目につくのは爪楊枝に刺さった、きなこ棒や、筒に入った酢漬けイカ、五円玉の形をしたチョコなど。懐かしい駄菓子の数々。


 美夏は外の冷凍庫から八十円の棒アイスを取り出し、奥の番台に潜む老婆に、百円玉を支払った。


「きなこ棒も二つ貰ってくよ」


 店横。きなこ棒を加えた美夏の後に続き、黒い手作りカーテンを潜る。

 古びた蛍光灯の下には、色褪せたレトロな筐体が四台。電源ケーブルは抜かれていている。はたして起動するのかも怪しい。


 更にその奥、ひっそりと佇む重厚感に溢れる漆黒の大きな筐体。その大きな筐体に、美夏は命を吹き込む。太い電源ケーブルを差し込むと、ギターの高音、チョーキングの金切声がスピーカーから流れだす。


「ばんどまにあ」


 水嶋は画面のローマ字をゆっくりと読み上げる。


「なんだ、ゲーセン通いのくせにバンマニも知らねーのかよ」

「ちげーわ。こんなバンマニ見たことねぇよ」

「ハハ、ちげぇねぇ。もう十年以上も前の、音ゲーだからな」


 美夏はそう言うと、水嶋にギターの形をしたコントローラーを渡す。


「何があったか知らねーけど、この前、久しぶりにゲーセン来たかと思ったら、一通り基礎をマスターしてやがる。あと、俺に教えられるのは認識力だけだ」


 それなら、みんなも、せめて、カナさんは一緒でも良かったのではないか?


「音ゲーマーが集まると話が纏まらないし、教え方も人それぞれだ。それに、見ての通り、ここには音ゲーの筐体は一つだけだ。説得するの大変だったんだから真面目にやれよ」


 人の心が読めるのか!

 結局、こいつは親切なんだよな。


「ありがとな」

「なんだよ。らしくねぇーな。時間もねぇーし。やりながらで教えて行くぞ。」

「おう、頼んだぜ」


 美夏は、いつものように、ぶっきらぼうに喋り、ニヤリと微笑んだ。


「認識力は初見の譜面に対して、どれだけ対応できるかだ。要するに知らない曲をやってけば、自ずと身につく訳だが、それが難しい」

「なんでだ?」


「人って言うのは、得意なものを見せびらかしたいんだ。わざわざ、羞恥を晒すマネを、人前で出来る程、人間、出来ちゃいないのさ」


「そういうもんか」

「そういうもんだ。雑食のオマエは特別だ。普通は、得意な曲、好きな曲、簡単そうな曲を選択しちまうもんなんだ」


「へぇー」と頷く水嶋を横目に、美夏は曲を選択する。美夏もギターを手にし、ボロボロのストラップを肩に掛けた。

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